59 みんなでプール④
昼食を終えた後、僕らは最後のウォータースライダーの元に向かった。
「結構な高さですね~」
僕は待機列の階段から外を見下ろす。
スライダーの高さは24メートルで距離にして300メートル。道中には急斜面、トンネル、水の滝など様々な要素が盛りだくさん。これは何度滑っても飽きそうにないぞ。
「楽しみ……」
五十鈴さんは無表情だが、今だかつてないほどに興奮しているのが分かる。人生初の大型プールでこれだけのアトラクションを遊べるんだから当然か。
僕も平静を装ってはいるけどワクワクしてきた。
「…」
それと一緒に滑ることになった出雲さんだが…表情は硬いままだけど、階段を登り始めてからどんどん顔色が悪くなっている気がする。
「出雲さん、大丈夫ですか?」
「…何がだ」
「震えてますよ」
「…武者震いだ」
「そのセリフはこの状況にそぐわないですよ」
もうバレバレだから決めつけるけど…出雲さんは高所か絶唱系のどちらかは知らないけど、こういうアトラクションが苦手のようだ。今までのスライダーを滑らなかったのは単純に怖かったからだ。
無理強いはさせたくないけど、このスライダーを遊ぶには三人以上が必須。出雲さんが抜けてしまったら僕と五十鈴さんは遊べなくなる。
これが西木野さんの魂胆だったのか。
五十鈴さんと出雲さんを一緒に遊ばせるいい案かもしれないけど、ちょっと計画が強引すぎるぞ。男を見せろとか言ってたけど、平凡な僕に何をしろと?
「えっと…出雲さん」
「…なんだ」
「五十鈴さん、楽しそうですよ」
「…」
出雲さんは目の前にいる五十鈴さんを見る。
「そろそろだ……」
五十鈴さんは嬉しそうに前列の様子を伺っていた。
「…命をかける価値はあるということか」
出雲さんは腹をくくったようだ。
怖くても五十鈴さんの笑顔のためなら体を張れる、流石は五十鈴親衛隊の一員だ。けど命って…これから何をすると思ってるんだ?
「次の方、どうぞ~」
そんなやり取りをしている内に僕らの番がきた。
ここのウォータースライダーは人数制限があるから、他の三つに比べて比較的に空いている。既に西木野さん組は滑り終えて向こうで待ってるはずだ。
※
僕らが遊ぶウォータースライダーは丸いゴムボートに乗って滑るタイプのやつだ。ボートの中は大人が四人入っても広々としており、内側に掴まれる取っ手が付いている。
よかった…これだけ広ければ、滑っている最中に誰かと接触することはない。
「……!」
ボートの中に入れば周囲の視線がなくなるから、五十鈴さんは僅かだけど感情を露にする。嬉しそうで何よりだ。
「…」
そしてそれは出雲さんも同じのようで、さっきよりも顔色が悪くなっている。
また気を紛らわした方がよさそうだな。
「そうだ、出雲さん」
「…なんだ」
「城井くんから聞いたんですけど、例の親衛隊に入ったんですよね?」
「…今話すことか?」
「関係ない話をすれば気が紛れると思って」
「…」
出雲さんは気を遣われたのが癪なのか不機嫌そうにしているけど、実は前から聞いておきたいことがあったんだ。
「あの親衛隊の中で、僕ってどういう扱いなんですか?」
五十鈴親衛隊の存在を知った時から、僕はいつかその組織から恫喝されるのではないかと覚悟していた。それなのに今日まで一度も接触に来ない。
親衛隊にとって、僕の存在は何なのだろう。
「…」
出雲さんはチラッと五十鈴さんの方を見てから、取っ手を手放して僕の方に寄って来る。
五十鈴さんには聞かせられない内容なのか。
「親衛隊の目的は大まかに分けて二つある。一つは裏で五十鈴殿に近付こうとする害虫を駆除し、学校生活をサポートすることだ」
「なるほど」
「もう一つは…お前のバックアップだ」
「…はい?」
僕のバックアップ?
どうしてそんな扱いになってるんだ?
「詳細は聞かされていないが、五十鈴殿には達成しなければならない目的があるのだろ?その目的の成就の鍵となるのが園田の存在だと聞かされている」
僕が五十鈴さんの目的達成の鍵か…否定はしない。それより驚くべきは、まさか親衛隊はやりたいことノートのことを知っているのか?
「五十鈴親衛隊がすべきことは園田という鍵を使い、五十鈴殿の前に立ちはだかる関門を突破させることだとリーダーは言っていた」
「そのリーダーって何者なんですか?」
「大学部の先輩だ。詳しいことは知らん」
「先輩…」
どうして大学の先輩が、組織を立ち上げてまで五十鈴さんに肩を持つんだろう。ノートのことも知っているみたいだし…親衛隊のリーダーとは何者なんだ?
「それではいきまーす」
その時、係員の人の合図と共にスライダーが始まってしまった。
急だな…カウントでも挟んでくれればいいのに。
「っ!」
そんな急なスタートに出雲さんもビックリしていた。しかも取っ手から手を放して僕の元に移動しているから、すがれるものが近くにない。
いや…正確には一つだけある。
「ちょ、出雲さん!?」
出雲さんは近くにいた僕に抱きついてきた。
「ー!」
僕の声は出雲さんに届いていない。
目を瞑って恐怖に耐えるのに必死だ。
「わぁ~♪」
こんな事態になっていることにも気付かず、五十鈴さんは普通に楽しんでる。
あんな笑顔初めて見た…可愛い!
そして出雲さんがずっと密着してくる!
それとウォータースライダーの勢いが凄い!
僕はいったい何に集中すればいいんだ!?