2 五十鈴さんの初登校②
あれから一週間が経った。
まだ五十鈴さんは登校していない。
入学初日から数日休んでしまうのはかなりの遅れだ。もうクラス内ではいくつかのグループがまとまりつつある。そんなグループの輪に後から入るのは難しいぞ。
五十鈴さん…今日も来れないのかな。
「園田くん、隣の子はいつ来るの?」
「ん?」
左前の席にいるクラスメイト、城井真くんが話しかけてきた。彼は華岡の生徒にしては僕と同じく特徴のない、小柄で大人しそうな男子だ。
「五十鈴さんだっけ。どんな人?」
「目立った特徴のない物静かな人だよ」
「もしかして美人?」
「まあ…ちょっと可愛いくらいかな」
五十鈴さんが美人であることは間違いない。でも僕が高評価しているだけで、世間の目がどう評価するのかは不明だ。人の見る目はそれぞれだからね。
「やっぱりこの学校って美人率高い」
「そうなの?」
「だってこの学校、芸能人まで在籍してるから」
「ああ…そういえばモデルで働いてる人もいるんだっけ」
「うん。でもそんなのは氷山の一角だよ」
城井くんは懐からメモ帳を取り出し、意気揚々と語り出す。
「IQ190の天才、探偵の息子、現役のアイドル、伝説の子役、ヤクザの跡取り、ネット界を騒がせる芸術家……この華岡学園には様々な天才が集まってるんだ」
「そ、そうなんだ」
やっぱり変わった人多いな…城井くんも含めて。
華岡学園には平凡な僕なんかと違って、物語の主人公になれそうな個性を持つ生徒がわんさかいるってことだ。
「魔女と戦う魔法少女とか、異世界帰りの勇者なんかが生徒に混じっている噂も…」
「いや、流石にそれはないでしょ」
いくらなんでもそんなファンタジーの住人みたいな生徒なんて………いないよね?
「そんな一握りの天才に比べれば、五十鈴さんは大人しいものだよ」
とんでもない生徒が集まる華岡では、五十鈴さんもその辺の一般人として埋もれてしまうのかな。それはそれで本人の望む普通の学校生活が送りやすいんだけど。
ざわ…ざわ…
…何やら廊下が騒がしい。
「なんだろう?」
「さぁ…」
そのざわめきは、ゆっくりとこの教室に近づいている。
「な、なにあの子…可愛すぎない?」
「これはファンクラブ設立確定だろ」
「でもなんか目つきが怖い……でもそこがいい」
そしてざわめきの中心が、僕らの教室に到達した。
…僕は五十鈴さんの魅力を過小評価しすぎていたようだ。
今まで見てきた五十鈴さんの魅力はほんの一部だった。
学生服を身に纏い外出のために整えられた外見は、控えめだった高貴さが輝き絶世の美少女へと昇華されていた。病室での五十鈴さんは儚げな病弱少女だったが、今の彼女は威厳さえ感じさせる完璧なお嬢様に見える。
「……」
周囲の騒ぎには気にも留めない様子で、五十鈴さんは無表情のままキョロキョロと教室内を見回していた。
そして僕と目が合う。
「!」
すると五十鈴さんは早歩きで僕の元に駆け寄り、僕の腕を掴んで廊下に連れ出そうとする。
「え、ちょっと五十鈴さん!?」
「……!」
どうやら僕に話したいことがあるみたいだけど、大勢から注目されているこの状況じゃ落ち着いて話せないか。ここは大人しく五十鈴さんの弱々しい誘導に従おう。
「園田の知り合い?」
「そういや前もプリント届けてたな…」
「まさか彼女!?許されない…」
…クラスメイトたちの不穏な会話が聞こえたけど、今は考えないでおこう。
※
人のいない廊下まで五十鈴さんに引っ張られた。
「だ、大丈夫ですか…?」
僕は恐る恐る五十鈴さんの様子を窺う。
「……無理」
無表情を解いて、不安げな表情を浮かべる五十鈴さん。
「どうして見られるの……?初日から休むって……そんなに悪いことなの?」
「いや、そのことで注目されてるわけじゃないですよ」
「じゃあ……なんで……?」
「…」
五十鈴さんは自分の魅力を自覚していない。
だからどうして周囲の人たちが自分に注目するのか、まるでわかっていないんだ。五十鈴さんが可愛いからですよ……と、僕に言える度胸があればいいんだけど。
「ハーフだから目立つんだと思います」
これで納得させるしかない。
「そうなんだ……」
「でも悪いことではないですよ。ノルウェー系は良い個性ですし」
「なるほど……」
「それより気を取り直して、教室での立ち振る舞いをおさらいしましょう」
とにもかくにもだ、まず五十鈴さんが教室ですることは決まっている。それは味方を増やすことだ。
「まず五十鈴さんの席ですが、窓際の隅っこですね。右隣は僕です」
「園田くんの……隣……」
今日初めて五十鈴さんが笑顔を見せてくれた。
安心してくれたのは嬉しいけど、僕が隣に居座ったことが欠点にもなっている。
「いえ、隣ってだけでも友達になるきっかけになります。五十鈴さんの席は窓際ですし、右は僕が潰してしまったんです」
「ううん、園田くんの隣がいい……」
「………」
五十鈴さんからの無邪気な好意は、今に始まったことではないけど…やっぱり心臓に悪い。
誤解するなよ、僕。
今の五十鈴さんは知り合いがいないから僕に頼っているんだ。友達100人作った頃には僕なんて忘れ去られる存在。
「そ、それより。まず五十鈴さんが話しかけるべき相手は、前の席にいる西木野さんです」
「西木野さん……?」
「はい。気さくな人なので、きっと仲良くなれますよ」
※
まず僕が一人で教室に戻り、席に着いた。
「来たぞ…園田だ」
「どうしてあんな平凡な男が」
「いや、五十鈴さんの下僕って可能性も…」
既に変な噂が教室内で飛び交っているけど、無視だ無視。
「…園田くん、あれでちょっと可愛いはないよ」
「確かに、園田くんの彼女ではなさそうね」
前の席に座る城井くんと西木野さんが振り返って茶化してきた。
「僕もここまでとは思いませんでした…」
五十鈴さんの美貌は想像以上のものだった。可愛さだけを評価すれば、芸能活動している生徒にも負けてないんじゃないか?
…って、それどころじゃない。
五十鈴さんを迎える準備をしないと。
「西木野さん」
「ん?」
「五十鈴さんは初登校ですし、同じ女子として何とかフォローしてもらえませんか?」
「んー…ちょっと緊張するな。なんか近寄りがたい空気出してたし」
「中身は普通の女の子なんです」
「へぇ~中を知り尽くした関係なんだ」
「ち、違います!」
「冗談だよ、任せんしゃい」
西木野さんは意地悪な笑みを見せつつも、僕のお願いに親指を立てて答えてくれた。
後は五十鈴さんの対応次第か…
「……」
五十鈴さんが教室に戻ってきた。
その表情は緊張のせいで強張ったまま固まっている。五十鈴さんの無表情って見た目の高貴さも相まって、妙に威圧感があるんだよね。
クラスメイトたちから注目される中、五十鈴さんは勇気を振り絞って自分の席である僕の隣に着席した。
「初めまして、五十鈴さん」
そんな五十鈴さんのオーラに物怖じせず、西木野さんが声をかけた。
「……」
教室中が沈黙する。
みんな、五十鈴さんの第一声を待ち望んでいるんだ。
「………………」
五十鈴さんがゆっくりと口を開く。
「Hyggelig å møte deg」
………ん?
今、なんて言った?
英語じゃない…もしかしてノルウェー語!?
ちょっと五十鈴さん!初クラスの第一声で外国語は悪手だよ!そりゃノルウェー系は良い個性って言ったけど!
「外国語?日本語が通じないのか?」
「これは会話を諦めた方がいいな」
「眺めるだけでも至福だしな…」
ほら、日本語が通じないとクラスのみんなが誤解してる。
「あー…えっと、よろしくね」
西木野さんも会話を諦めちゃったよ!
これは………計画を練り直さなければならない。