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54 泳ぎの練習①




「おーい」


 僕と五十鈴さんで過去話をしている内に、マウンテンバイクに乗った昴が合流してきた。


「さぁ五十鈴さん、張り切って泳ぎの練習しよー!」


 昴は勉強会の時とは違ってやたらと元気だ。


「今日は……お願いします……!」


 五十鈴さんはぺこりと僕らに頭を下げる。

 まだ頭の中はモヤモヤするけど、今回の本命は泳ぎを覚えることだ。過去のことについて考えるのはひとまず置いておこう。


「私が指導するんだから、五十鈴さんは大船どころかタイタニック号にでも乗ったつもりでいてよ!」


 そう言って昴は自信満々に胸を叩く。

 使い古されたネタを使いよって…


「それって、沈没しない……?」


 でも五十鈴さんにとっては新鮮なネタだったようで、楽しそうにツッコんでいる。


「それじゃあ市民プールに向かおうか。五十鈴さんの自転車はどこにあるの?」


 昴はきょろきょろと辺りを見渡す。

 そういえば五十鈴さんの自転車がないな。


「……私、自転車持ってない」


 ………


 そりゃそうだ。

 だって五十鈴さんはまだ退院したばかり。自転車なんて持っているどころか乗れるはずがない。


 …あれ?

 これってまずいんじゃないか?


「じゃあ庭人くんの自転車で二人乗りだね」


 そして昴がさらっととんでもないことを言い放つ。


「なんでだよ!」


「私のはマウンテンバイクだから荷台ないし」


「…」


 そうか…昨日感じた胸騒ぎの原因はこれだ。

 市民プールまでは自転車で行くしかないけど、五十鈴さんは自転車に乗れない。そうなれば二人乗りするしかないけど、昴は小さい頃からマウンテンバイク派だ。


 つまり僕と五十鈴さんで二人乗りするしかない。

 ここまでを昨日の内に想定しておくべきだった。


「園田くんは、二人乗り反対……?」


 五十鈴さんは平然とした様子で尋ねてくる。

 二人乗りすること自体に異論はないらしい。


「そ、そうですね。二人乗りは危ないですし」


「庭人くん、よく楓ちゃんと二人乗りしてたから慣れてるでしょ」


 そこで昴が余計なことを言う。


「いや…そうだけど」


「歩くと三十分以上はかかるし、泳ぎ練習と明日のために体力は温存したほうがいいよ。五十鈴さんには私のヘルメット貸すから、大丈夫大丈夫!」


 昴は自分のヘルメットを外し、五十鈴さんに被せる。

 こいつは天然だからこの事態を軽く見ているんだ。五十鈴さんと昴の天然コンビ…厄介だ。ここで僕だけが強引に拒絶するわけにもいかないし。


 こうなったら男として覚悟を決めろ、園田庭人。


「じゃあ…乗りますか?」


「うん……」


 僕が自転車にまたがると、五十鈴さんも自転車の荷台に腰を下ろす。美少女と二人乗り…こんなロマンチックな展開を平凡な僕が体験できるなんて。


「……」


 ぎゅ…


 五十鈴さんは安定しない荷台が不安なのか、後ろから手を回しぎゅっと密着してくる。


 ………


 心を無にしろ。

 雑念を捨てて自分が平凡であることを思い出せ。


「それじゃーしゅっぱーつ!」


 昴の呑気な掛け声と共に僕らは出発した。





 花束市民プール。

 ここは僕が生まれる前からある歴史の長い屋内プールだ。


 広々としたプールが自慢で、サウナ、温水プール、スポーツジム、マッサージ、簡単な食事がとれる食堂なども完備。少し前まではそれなりに人を集めていた。


 でもこの花束市民プールにはいくつか欠点がある。

 近くにバス停がないから気軽に行けないこと。昔からある建物だから老朽化が進んでいること。過去にちょっとした事故が起きて一時期閉鎖していたこと。そしてこの近辺に“湖島園”という大型の屋外プールができたこと。


 おかげでここは夏休みでもガラガラだ。

 来るのはのんびりしたい年寄り夫婦とか、泳ぎの練習をしたい人くらいだ。この場所が潰れるのも時間の問題なのかもしれない。小学生の頃からここを利用してた僕からすると、少し寂しい気持ちになる。


 でも今日に限っては好都合。


 人がいないからプールを贅沢に使えるし、変なギャラリーもいない。五十鈴さんが泳ぎの練習をするには絶好の環境だ。


「…」


 僕は水着に着替え、プール内のベンチに座って五十鈴さんと昴が来るのを待っている。女子の準備は時間がかかるからね。


 ……よし、二人乗りで受けた精神ダメージが回復してきたぞ。


 次は五十鈴さんの水着姿を見ても動じないようにしないと。きっとショッピングの時、みんなで似合う水着を選んで買っているはずだ。


「おーい庭人くん」


 しばらくすると昴の声がプール内に響く。

 僕は覚悟を決めて顔を上げた。


「……」


 五十鈴さんの着ている水着は、昴と同じ学校指定のスクール水着だった。


「あれ?五十鈴さん、水着は買わなかったんですか?」


「買ったけど……あれは遊ぶ用、これが練習用……」


 何だ、可愛い水着が見れなくて残念。


 …なんて思うはずがない。

 何故なら五十鈴さんのスクール水着姿が素晴らしいからだ。


 学校指定の水着はシンプルなものだが、そのシンプルさが五十鈴さんの元々の魅力を際立たせている。完璧なスタイルに傷一つない白い肌…病弱だった名残で少し弱々しく見えるけど、それがまたミステリアスな面を覗かせている。


「じゃあまずは昴流ストレッチから始めよ~」


 昴の言葉で僕は我に返る。

 つい見惚れてしまった…心の準備をしてても、五十鈴さんの魅力には抗えないな。


 因みに昴の水着姿はスポーツが大好きなだけあって、アスリートのように無駄のない体型をしている。でも子供の頃から何度も見てるから微塵の魅力も感じない。

 現実の幼馴染なんてそんなものだよ。


「昴流ストレッチ……?」


 五十鈴さんは聞いたことのない単語を繰り返す。


「実は学校の授業でやってるストレッチは、関節を痛めて運動力が低下させちゃうんだよ。だから運動前は動的ストレットを中心とした、私が考えた昴流ストレッチが最適!」


 昴が準備運動の豆知識を披露する。

 スポーツバカだけあって、こういう知識はとても頼もしい。


「五十鈴さんは初めてのプールだから、ストレッチしたら水に慣れるところから始めよう」

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