53 公園の思い出
五十鈴さんグループがショッピングに行った日の夜、五十鈴さんから電話がかかってきた。
要件は泳ぎ方を教えてほしいとのこと。
恐らくショッピング中、今度はみんなで湖島園に行く話になったのだろう。それで泳げない五十鈴さんは大慌てで僕に電話をしてきた。
約束の日が二日後なら明日しか猶予がない。
すぐ行動に移さなければ。
「まずは昴に電話だな」
僕だけで五十鈴さんに泳ぎ方を教えるのは荷が重いし、二人きりで市民プールになんか行けるはずがない。
よって三人目の協力者が必要不可欠だ。
『はいはい、どしたの庭人くん』
電話をかけるとすぐ昴が応答する。
「昴、実は五十鈴さんがプールに行くことになったんだ」
『知ってるよ。私も西木野さんからお誘いの連絡きたから』
「だが五十鈴さんは泳げないんだ」
『ああ~そっか。ずっと入院してたものね』
「そこで泳ぎ方を教えてあげてほしいんだ」
『お安い御用だよ!五十鈴さんには宿題の時にお世話になったからね』
「急なんだけど明日集まれるか?」
『いいよ~』
よし…昴は部活の助っ人とかで予定が埋まる場合があるから、それだけが心配だったんだ。
「じゃあ明日、近場の市民プールで練習するぞ。集合場所は例の公園でだ」
『あの公園から市民プールまでなら、自転車ですぐだもんね。了解!』
昴と約束を交わして電話を切った。
「ふぅ…」
まさかのイベントが発生したけど、これで問題はない。
泳ぎについては昴に任せれば安心だし、五十鈴さんなら泳ぎくらいすぐマスターできるだろう。気になるのは水着姿の五十鈴さんに注目する周囲の目だけど、近くに湖島園という巨大なプール施設が開園してから市民プールは夏休みでもガラガラだ。
大丈夫だ、問題はない。
トラブルなんて起きないはずだ。
……本当に大丈夫かな?
何か見落としているような…この胸騒ぎはなんだろう。
※
そして翌日、僕は自転車で集合場所の公園に到着した。
前に学校をサボった時は、待ち合わせ時刻の三十分前にはもう五十鈴さんは待機していた。だから今回は一時間前行動で向かってみた。
「……」
五十鈴さんは公園のベンチに座ってのんびりしてる。
これでも先に着けないのか…次は二時間前行動を心がけようかな。
………
あの服が西木野さんたちとのショッピングで買った服か。
見事なセンスだ、五十鈴さんの魅力を100%以上に引き出している。選んでくれた人には服選びの才能があるに違いない。
「おはようございます、五十鈴さん」
「おはよう……」
取りあえず僕と五十鈴さんで合流だ。
昴はスポーツの約束なら遅刻しないから、少し待っていれば来るだろう。
「その服、似合ってますね」
まず五十鈴さんの新しい服を褒めてみた。
前は制服姿を褒めなくて西木野さんたちに怒られたから、今度はちゃんと褒めるぞ。
「出雲さんが、選んでくれた……」
五十鈴さんは嬉しそうに立ち上がり、身を翻して服を見せびらかす。
「出雲さんってクラスメイトの女子ですよね?」
「うん、偶然会って仲良くなれた……」
「そうだったんですか」
僕の知らない間に新しい友達を作れたのか。どうやら前回のショッピングは、ノートにチェックを入れるには十分な一日になったみたいだ。
それにしても…私服姿の五十鈴さんはまさに異国のお嬢様だ。背景がただの公園だと違和感を覚えてしまう。
「…」
それと同時に僕は不思議な既視感を覚えていた。なんか昔も似たような感想を抱いた気がする。
「子供の頃、ここで五十鈴さんと会ったことがあるんですね」
ふと公園を見回してみた。
僕と五十鈴さんは八年前、ここで会ったことがある。
この公園は幼馴染組にとって格好の遊び場だった。いろいろ思い出深い公園だけど、僕は五十鈴さんとの記憶をほとんど覚えていない。
「うん……園田くんが、ブランコ漕いでくれた」
五十鈴さんは懐かしそうに語る。
そんなことまでしてたんだ…
「やっぱり思い出せない……?」
五十鈴さんは潤んだ目で見つめてくる。
そんな目で見られると心が痛むな。
“それじゃあ……約束の指切り”
その時、僕は誰かの声と指の感触を思い出した。
「…五十鈴さん、ここで僕と指切りしました?」
「……?」
五十鈴さんははてな顔になるが、しばらく考えていると急にハッとする。
「してた……思い出した……!」
「ですよね!」
すごく曖昧な記憶だけど、ここで僕は誰かと指切りをした。朝香さんとの指切りで懐かしい気持ちになったけど、昴や涼月くんとした記憶は存在しない。
相手は夢に出てくるようなお嬢様だった気がする。
あれが五十鈴さんだったんだ。
「ようやく五十鈴さんに会っていた確信が得られましたよ」
「……!」
五十鈴さんはすごく嬉しそうな笑みを浮かべている。
「でも、何を約束したんだっけ……?」
だが五十鈴さんは首を傾げた。
指切りは約束をする時に使うおまじないだから、僕と五十鈴さんは何かを約束したはずなんだ。
「それは…思い出せませんね」
いくら考えても頭の中はモヤモヤするばかり。どうして幼い頃の記憶というものは、こうも曖昧になってしまうんだろう。