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51 出雲さん ㋨




 遠くで隠れながら五十鈴さんたちを見つめる、クラスメイトの出雲さん。


「………」


 傍から見れば出雲さんは、五十鈴さんという美少女に変な虫が近づかないよう警戒しているように見える。まるでお嬢様を見守るガードマンだ。


 だが出雲さんの心中は、それほど真面目ではなかった。


(今日も五十鈴殿は可愛い…)


 出雲さんは可愛いものに目がない。

 小動物、ぬいぐるみ、キャラクター…おおよそ“可愛い”と呼べるものをこよなく愛する女の子だ。


 初めて五十鈴さんを目の当たりにした時、出雲さんの心は見事に撃ち抜かれた。高貴なオーラの中には愛嬌があり、高圧的な雰囲気の中には弱々しい面もある。そんな美しくも儚いミステリアスな魅力に魅入られてしまった。


(こんなところで会えるとは…僥倖)


 そしてここで五十鈴さんたちに会えたのは、親衛隊の任務とは関係なくただの偶然だ。この華岡ショッピングモールには可愛いものがそこかしこにあるので、出雲さんは休日になるとよくここを徘徊している。


(例のグループで服の買い物をしている最中か?)


 出雲さんは離れている西木野さん組を警戒しつつ、五十鈴さんがいる星野さん組を観察した。


「五十鈴さんスタイルいいからもっと露出させよう」


「このアクセサリーとかどうかな~?」


 しかし、星野さんと朝香さんが選ぶ服は見ていられなかった。


(なんてセンスのない奴らだ…五十鈴殿に似合う夏服なら、落ち着いたネイビーにギンガムチェックを合わせるべきだ。派手なアクセサリーや露出も不要)


 出雲さんは可愛いものに目がない。

 だからこそ可愛いものの魅力を引き出す知識に長けている。


(まぁ…こんな可愛くない私が意見したところで、詮無きことだがな)


 それでも出雲さんは五十鈴さんの元に向かおうとは思わない。誰が相手でも自分の本心をさらけ出す気はない。


 それは自分の容姿が堅物であることを自覚しているからだ。


 こんな長身の仏頂面で可愛いものが好きなんて言えるはずがない。夜はぬいぐるみを抱かないと眠れないなんて言えるはずがなかった。


「…?」


 その時、出雲さんはある気配を察知した。


(西木野がこちらに近付いて来る…)


 遠くにいた西木野さんがこちらに接近していた。だが出雲さんの存在には気付いていないように見える。


「…」


 そうかと思えば、今度は星野さんたちがスマホを確認しながら出雲さんの方に接近していた。


(まさかバレたのか?)


 挟み撃ちの形で二組がこちらに迫っているが、出雲さんは冷静だった。広いショッピングモールなので退路ならいくらでもある。


(このまま会うわけにはいかない…今日のところは退くか)


 速やかにこの場から退散しようとした、その時。


「出雲さん…こんにちは」


「!?」


 背後から声をかけられ、出雲さんは硬直する。

 声をかけてきたのは木蔭さんだ。


(馬鹿な、いつの間に背後に!?まったく気配を感じ取れなかった…)


 危機察知能力には自信があった出雲さんは、背後からここまで接近されていた事実に動揺する。そもそも木蔭さんがいたなんて今の今まで気付きもしなかった。


「お買い物してたの…?」


 木蔭さんは偶然を装って話しかけているが、これは出雲さんを逃がさないために考えた西木野さんの作戦だ。


「やぁ出雲さん、奇遇だね」


 木蔭さんに捕まっている間、西木野さんたちは出雲さんを取り囲んでいた。


「…!」


 こうなってしまったらもう出雲さんに退路はない。


「もしかして一人?なら一緒に買い物しようよ」


「いや、私は…」


 出雲さんは断ろうとしたが、西木野さんの背後にいる五十鈴さんと目が合ってしまった。


「……」


 その瞳は何かを期待しているように見えた。

 そんな目で見つめられては、逃げたくても逃げられなかった。


「…同行しよう」


 出雲さんは観念して、西木野さんたちの買い物に付き合うのだった。





 こうして五十鈴さんの服選びに加わることになった出雲さん。


(こんな事態は想定外だ…どうすればいいんだ?)


 普段から冷静沈着な出雲さんだが、五十鈴さんを含めるクラスメイトとのショッピングはまったくの未知。表情には出さないがかなり困惑していた。


「私らで五十鈴さんに似合う服を探してるんだけど、出雲さんは何が似合うと思う?」


 西木野さんは早速、出雲さんに意見を求めた。


「私みたいな堅物に聞いてどうする」


「いやいや、人は見かけによらないものだよ」


 そう言ってチラッと五十鈴さんの方を見る西木野さん。


「………」


 本心では言いたいことは山のようにあるのだが、出雲さんは心を開けないでいた。今までの十年間、誰にも自分の本性を打ち明けなかったのだから当然だろう。


「出雲さん、どんな服が似合うかな……?」


 そこで五十鈴さんが勇気を出して出雲さんと向き合う。初めての相手に緊張しているが、その表情はあまり強張っていなかった。


「…」


 他人が相手なら軽くあしらえるのだが、五十鈴さんにお願いされては親衛隊として逆らえない。


「…私なら」


 出雲さんは迷うことなく棚から服を集めに行く。

 まるでどこの棚にどんな服があるのか、そして五十鈴さんに何が似合うのか全て知っているかのような手際の良さだ。


「私ならこれを選ぶ。試着する価値はないと思うが」


「試着してみる……」


 五十鈴さんは迷わず出雲さんが持ってきてくれた服を受け取り、試着に向かった。


「自信なさげな割にはすぐ決まったね」

「出雲さん、こういうのが得意なのかな…」

「どんなのか楽しみ~」


 星野さんたちは五十鈴さんがどんな姿で出てくるのか期待を膨らませている。


(こいつら…私を見て、変だと思わないのか?)


 出雲さんは服を選ぶ姿を見られ、奇異な目を向けられると覚悟していた。だが星野さんたちはそんな目で見たりはしない。


「仮に出雲さんが可愛いもの好きであっても、全然変じゃないぞ」


 西木野さんは出雲さんの隣に並んでそう囁く。


「私らは華岡学園に選ばれた変人の集まりなんだから、恥ずかしがらず全部さらけ出しちゃおうよ」


「…ふん」


 まだ素直になれない出雲さんは、しかめっ面でそっぽを向いてしまう。


「……」


 そうこうしているうちに五十鈴さんが試着室から出てくる。


 出雲さんが選んだ服は黒のギンガムチェックシャツ、ベージュのロングフレアスカート、ネイビーのサマーニットのベレー帽だ。ノルウェー系ハーフの特徴を最大限に生かしたカジュアルファッションは、五十鈴さんの魅力をこれでもかと引き出している。


 誰の目から見ても完璧、文句なしのコーディネートだ。


「うわ、これ完璧じゃん!」

「可愛い…」

「似合ってるね~」


 見事なコーデに星野さんたちは拍手を送る。


「帽子を深く被り伊達眼鏡をかければ、周囲の視線を多少は減らせるはずだ」


 しかも出雲さんは見た目だけではなく、五十鈴さんを気遣う配慮まで行き届いていた。これには五十鈴さんも大満足だ。


「出雲さん……みんな、ありがとう……」


 五十鈴さんは頑張って笑顔を作り、出雲さんとみんなにお礼を言った。


(…この幸福、一生に一度しか味わえないだろうな)


 五十鈴さんと話せて、着る服を選んで、会話をして、笑顔まで見れた。出雲さんはもう二度と訪れないであろう幸福な一時を噛みしめるのだった。


 だが五十鈴さんとの関わりがこれで終わりにはならないことを、出雲さんはすぐ思い知ることになる。

33 ショッピングに出かける。×

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