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48 友達のやりたいこと




 園田くんの家で星野さんと遊んだ次の日。


「……」


 五十鈴さんは勉強机に座って、やりたいことノートとスマホを見つめていた。


 勉強会が終わってから一週間。

 何度もみんなを遊びに誘おうと考えていたが、結局何もできなかった。なので星野さんからお誘いがきた時は嬉しさ半分、悔しさ半分といった気持ちだ。

 それでも初めて友達の家で遊んだゲーム大会はとても楽しく、やりたいことノートにチェックを入れるには十分な思い出となった。




 しかし五十鈴さんは、星野さんのある言葉について考えていた。




“今日は念願が叶えられて嬉しいよ”




 友達にだってやりたいことがある。

 そんな当たり前のことを、五十鈴さんは今まで一度も考えたことがなかった。そしてその発想に至らなかった自分を恥じていた。


(みんな……このノートの中に、やりたいことがあるのかな……)


 五十鈴さんは友達の気持ちを考えながら、ノートの内容を見直した。


 もしノートの中に西木野さんたちのやりたいことがあるなら、一緒に挑戦したい。それこそがやりたいことノートの正しい使い方だと感じた。


 だがこの中からみんなのやりたいことを知るには、このノートを見せる必要がある。しかしノートを見せてしまったら、知られたくない病院生活のことも説明しなければならない。


「……」


 過去を知った友達がどんな目で自分を見るのか、五十鈴さんは想像するだけで怖くなった。同情や哀れみを向けられたら、楽しい学校生活が崩れてしまうかもしれない。


 それでも五十鈴さんはいずれ、全てを西木野さんたちに打ち明けるつもりだ。ただ今は、現状の穏やかな人間関係を守りたかった。





 にゃー♪


「!?」


 急にスマホから猫の声が鳴り、五十鈴さんは驚く。

 これはにゃいん本来の通知音だ。


 五十鈴さんは恐る恐る中を確認した。


『そういえば五十鈴さん。園田くん家へ遊びに行った時、制服姿だったよね。どうして?』


 星野さんからグループにゃいんで、五十鈴さん宛にメッセージが届いていた。


「……」


 友達とのやりとりに慣れていない五十鈴さんは、震える手で一文字一文字慎重に文字を打ち、文章が完成した後も何度も何度も間違いがないか確認してから返信した。


『私服を持ってないから……』


 高校に入る前まで五十鈴さんはずっと病院に入院していたので、持っている衣服は部屋着と制服のみ。これまで何度か私服を買いに行く機会はあったのだが、まだ一着も買えていない。


『え、うそでしょ?』

『なんで…?』

『どうして?』


 その返信に対して、傍観していた西木野さん、木蔭さん、朝香さんが反応した。


「……!」


 五十鈴さんは自分がやらかしてしまったことに気付く。普通に生きていれば、私服を持っていないなどあり得ないことだ。


『それは……一身上の都合で……』


 慌てて意味不明な返信をしてしまう五十鈴さん。


『そっか、五十鈴さんも華岡の生徒だもんね』


 そこで西木野さんがフォローに入ってくれた。


『星野さんだって一身上の都合でいつも変な物持ってるし、事情は人それぞれか』


『ちょ、急に刺さないでよ!』


 西木野さんの言う通り、五十鈴さんだけが変わり者ではない。ちょっと変な部分があってもおかしくないと思えるのは、数多くの奇才が集まる華岡学園の学生ならではだろう。


『でも私服がないのは不便だよね』


 そのまま西木野さんは会話の主導権を握る。


『買ったら駄目なんて家訓はないんでしょ?』


『うん……でも、買いに行くの怖くて……』


『じゃあ明日、みんなでショッピングに行こうか。五十鈴さんの服選びとか楽しそうだし』


 すると西木野さんから予想外の提案が出た。


『いいね!』

『一緒に行っていいの…?』

『行こう行こ~う』


 続いて星野さん、木蔭さん、朝香さんがそう返答した。

 まさかの展開だが、五十鈴さんにとってこれは不幸中の幸いだ。何故ならやりたいことノートに“ショッピングに出かける。”と書かれているからだ。


『園田も来るか?』


 そして西木野さんは、グループ内で唯一反応していない園田くんを呼んだ。


『女子の服選びに混ざるのは気まずいので、今回は遠慮しておきます』


 園田くんは丁重にお断りした。

 理由も至極当然のものだったので、誰も引き止めはしなかった。


「……」


 だが五十鈴さんは一気に不安になってしまう。


 友達とショッピングに出かけるのは五十鈴さんにとって大イベントだ。失踪の件で成長したとはいえ、園田くん抜きで挑めるほどの度胸はまだない。


『五十鈴さん、楽しんできてください』

 

 すると園田くんはそんな不安を見透かしているかのような励ましの言葉をくれた。


「……」


 五十鈴さんは慎重に文字を打つ。


『うん、行ってくる……』


 今回のショッピングは西木野さんたちのやりたいことであり、園田くんにとってはやりたくないことだ。五十鈴さんは覚悟を決めて、ショッピングの日に臨むのだった。

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