45 夏休みの宿題
夏休みは全校生徒が喜ぶ学校行事の一つだけど、知っての通りいいことばかりではない。
「それでは夏休みの宿題を配ります。ちゃんとやってくるように」
先生から大量の宿題が配られた。
華岡はテストではあんなに寛容だったのに、もし宿題を提出しなければ進級にも関わってくる。杉咲先生いわく“宿題も自立心を養う大切な行事よ”らしい。
「はぁ…宿題嫌だよ~」
昴が僕の席まで来て愚理を溢しにくる。
こいつほどじゃないけど、宿題というものは本当に気が滅入る。
「……」
対して隣の席の五十鈴さんはどこか嬉しそうに宿題を眺めていた。夏休みに出る大量の宿題も、五十鈴さんにとって見れば一種のイベントなのだろう。
「……ねぇ、園田くん」
五十鈴さんは僕の方を見る。
「はい」
「明日学校で、一緒にやろう……」
「何をです?」
「宿題……!」
「…明日から夏休みですよ?」
「うん……夏休み初日、みんなで学校に集まって宿題をやろう」
「…」
それはまさかの提案だった。
五十鈴さんにとって記念すべき初の夏休み初日に、あろうことか学校に来て勉強会をやろうと言っているのだ。
「へぇ、名案じゃん」
すると前の席の西木野さんが振り向く。
「私と希も夏休みに入ってすぐ、二人で宿題を済ませる予定なんだ。希は一人だと絶対にやりきれないから」
「なるほど…そう聞くとありですね」
宿題の一掃は夏休みの終盤になって慌ててやるものだけど、それを夏休み序盤にやれば焦らなくていいし残りの休みを有意義に使える。
「えー夏休みに勉強しに学校いくの~?」
昴はすごく嫌そうだが…
「言っとくけど、この勉強会に参加しなかったら中学の時みたいに手伝わないぞ」
「そ、そんな…」
スポーツバカの昴はいつも宿題をやらず、夏休み終盤になって僕や涼月くんに泣きついてくる。この勉強会に参加しないなら、僕が手伝ってやる義理はない。
「うぅ…でも、みんなでやった方が効率いいかぁ」
しばらく悩んだ昴は観念したようだ。
「じゃあ明日から夏休みですけど、学校に集まって宿題やりますか」
「うん……!」
五十鈴さんは嬉しそうに頷いた。
※
ついにやってきた夏休み一日目。
約束通り僕らは学校に集まって勉強会を開いている。
連休中の学校というものは独特な静けさを感じる。学校に来ているのは部活動とかで用のある生徒と一部の教員だけ。五十鈴さんがいつもそばにいるからか、余計にその静けさを感じてしまう。
「ほら昴、次の問題だ」
「うう…華岡の問題難しい」
昴の面倒は僕が見ている。他のみんなには迷惑をかけられないからね。
「ゆーちゃん、この問題は~?」
「ちょっとは自分で解きなさい…」
西木野さんは朝香さんの面倒を見ている。小学生の頃からずっとあんな調子だったのかな…
「休みの日に学校で勉強なんて、変な感じだね」
「うん…ちょっとわくわくする」
星野さんと木蔭さんは真面目に宿題に取り組んでいる。こんな勉強するだけの集まりに参加してくれるなんて、二人は本当に付き合いが良いな。
「休みの日に学校で勉強なんて、僕ら真面目だよね」
「………(宿題が終わればなんでもいい)」
そしてダメ元で誘った城井くんと涼月くんだけど、利害が一致したからか勉強会に参加してくれた。やっぱり男友達がいてくれると落ち着く。
五十鈴さんグループ、席の近い友達、幼馴染組…五十鈴さんの交友関係もいい感じに広まったな。
「……」
五十鈴さんは時々勉強の手を休めながら、教室に集まった面々を見て小さな笑みを浮かべている。ただの勉強会なのに、とても楽しそうだ。
「こんにちは~」
すると杉咲先生が教室を覗きに来てくれた。
「宿題は順調に進んでる?」
「はい……!」
五十鈴さんは嬉しそうに杉咲先生を迎える。
「ねぇ園田」
そんなやり取りを見ていた西木野さんが僕に小声で話しかけてくる。
「二人はいつ杉咲先生と知り合ったの?あの人って大学部の先生だよね」
そうだった…
西木野さんたちは先生のことや芸術室のことを何も知らないんだった。
「…五十鈴さんが学校生活で苦戦してる時に偶然出会って、それからいろいろ親切にしてもらってるんです。この空き教室の使用許可をくれたのも杉咲先生なんですよ」
芸術室のことは隠しつつ、話せることだけで説明した。
「へぇー先生の中にも味方がいたんだ」
西木野さんは納得してくれた。
芸術室で僕と五十鈴さんが密会してるなんて、絶対に知られるわけにはいかない。
「頑張ってる皆さんにアイスの差し入れですよ~」
杉咲先生はクーラーボックスを教卓に置く。
中にはいろんな種類のアイスがたくさん詰まっていた。
「わーい!」
「おお~」
「ありがとうございます…」
女子のみんなは大喜びだ。
校舎内はいつもより静かだけど、五十鈴さんの集まりはいつも以上に賑わっていた。
※
夏休み五日目。
その後も僕らは毎日学校に集まり、勉強会を続けた。
ただ勉強をするだけではなく、たまに昴が気分転換で運動を提案したり、無駄に広い校舎を散歩したりと、適度に遊びつつ宿題は着実に進んでいた。
そしていつの間にか僕らは、宿題を終わらせてしまった。
「おわった~!」
最後に宿題を終わらせた昴が歓喜の声を上げる。
「すごいよ庭人くん、もう宿題が終わっちゃうなんて…!」
「わかったから落ち着け」
昴が喜ぶのも無理はない。
夏休みの宿題はずっと昴を苦しめ続けてきたもの、それを夏休み五日目で処理できたんだ。残り一ヵ月以上の夏休みはまさに自由、宿題を気にせず好きなことに使える。
「いや~やりきったね」
「達成感と開放感が半端ないね」
「なんだか不思議な気持ち…」
他のみんなも気の抜けた様子だ。
僕も内心、かなり嬉しかったりする。
「宿題が終わったからって油断しないの」
浮かれている僕らを西木野さんが一喝する。
「宿題ってのは休みの間でも勉強を忘れないためにあるんだから、ちゃんと予習しておくように。休み明けにテストがあることも忘れないでね」
「は~い」
「は~い」
「は~い」
西木野さんのありがたいお言葉に、みんなは小学生みたいな返事をする。
終始楽しそうな勉強会だったな。
「宿題が終わって良かったですね」
僕は五十鈴さんの様子を窺う。
「……」
五十鈴さんは喜んでいなかった。
ただ名残惜しそうに終わった宿題を眺めている。宿題というみんなを集める口実を失って、寂しい気持ちになっているのかな。
「五十鈴さん」
「……?」
「この集まりが終わっても、夏休みはこれからです。思う存分楽しみましょう」
「……うんっ」
五十鈴さんは拳を握って意気込む。
夏休みの本番はまだまだこれから、本当に楽しい思い出を作るのは明日からだ。