1 五十鈴さんの初登校①
私立華岡学園。
創立200年以上の歴史があるこの学校は広大な敷地面積を誇り、50年前に大規模な改装と増築が施され最新鋭の設備と新校舎などが建てられた。それから華岡学園は瞬く間に話題となり、人気の私立校となった。
そして最も特徴的なのが生徒の誰しもに、個性的な才能があることだ。
入学するには筆記試験と面接が必要なのだが、筆記試験の点数が低くても面接次第で合格が決まる場合もあるらしい。また才能のある生徒は学校側から試験免除でスカウトされるんだとか。
生徒が持つ才能、個性、信念を重視して入学させる生徒を選んでいるから、この学校の卒業生は様々な分野で有名人になる。
正直、平凡な僕が合格できたことが不思議でならない。
「にしても…広すぎるな」
校門をくぐってから自分の教室に辿り着くまでに十分以上はかかったぞ。噂通り、とんでもない広さだ。校内に自転車の無料貸し出しがあるのも納得だ。
「えっと、僕のクラスは1-1の教室だよな」
クラスは全部で六クラスある。
僕は自分のクラスを確認してから教室に入った。席は一番後ろの、窓際から二番目の席だ。個人的に後ろの席は当たりだと思う。
「…」
既に何人かの生徒が席についているが、五十鈴さんの姿は確認できない。別のクラスだったか……少し残念。
※
そして始まった、僕らのクラスの自己紹介。
「西木野優子です。男女問わず気楽に話しかけていくので、適当に相手してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
パチパチ
「池田文也です。学校行事では積極的に活躍していきます。よろしくお願いします」
パチパチ
「園田庭人です。長い学校生活、みんなで楽しく過ごしていきたいと思います。よろしくお願いします」
パチパチ
僕は無難に挨拶を終えた。他の人の自己紹介を聞く限り、なかなか雰囲気のいい賑やかなクラスになりそうだ。
五十鈴さんはちゃんと挨拶できてるかな?入院中にあれだけ練習したんだし、あの容姿だ。きっとクラスの人気者になれるはず。
「えっと、五十鈴蘭子さんは風邪で欠席っと」
先生がこの教室で唯一の欠席者の名前を読み上げ、自己紹介は終わった。
………
……
…
!?
五十鈴さんが僕と同じクラス!?
しかも左隣の席が空いてると思ったら、ここが五十鈴さんの席!?
………嬉しい。
いやいやそうじゃなくて、まずいよ。
入学初日、顔を合わせて自己紹介をするこの日だけは休んだらダメだ。今日中にある程度の人間関係が決まってしまうぞ。
「よろしくね、お隣さん」
「よろしく~」
「そのキーホルダ、いい趣味してるね」
「お、同士発見」
「同じクラスになれたね」
「うん、これからよろしく」
ほら、もう人間関係ができつつある。
まずい…このままでは五十鈴さんの居場所作りが困難になる。
「後ろの人も、よろしくね~」
僕が慌てていると、前の席にいるポニーテールの女子が振り向いて声をかけてきた。確か名前は…西木野さんだったかな。
「う、うん…よろしくお願いします」
「どうかしたの?」
「今日休んだ隣の人、知り合いなんです」
「あちゃ~初日から欠席はついてないね」
「登校日が心配ですよ…」
「随分と気にかけてるみたいだけど、内気な子なの?」
「えっと……そうですね」
ここで五十鈴さんの過去を暴露したいところだけど、入院生活のことは秘密にしたいと本人は言っていた。病人だから、可哀そうだからと、クラスメイトに同情されたくないというのが彼女の意思だ。
「もしかして園田くんの彼女?」
「…そうでないことは、本人を見ればわかりますよ」
「なにそれ、ちょっと楽しみかも」
西木野さんは楽しげに笑っている。
初対面なのに話しやすい人だな。五十鈴さんとも席が近いし、上手く誘導すれば友達になってくれるかも。
「誰か五十鈴さんの知り合いはいませんか?今日のプリントを届けて欲しいのですが」
先生がクラスにそう呼びかけるが、誰も手を上げない。
当然だ。
あの子は正真正銘、ゼロから人間関係をスタートするんだから。
「あの、僕が届けに行きます!」
※
放課後、僕は五十鈴さんの自宅に向かった。住所を五十鈴さんから聞いておいてよかった。
「ここが五十鈴さんの家か…」
ものすごいお嬢様のように見えた五十鈴さんだけど、自宅は普通の一軒家だった。しかも僕の住むマンションから徒歩ニ十分という近さ。
クラスも同じだし、これからもサポートできそうだ。
取りあえずインターホンを押そう。
五十鈴さん、起きてるといいんだけど。
ピンポーン
………
『はーい』
インターホンから聞こえる声は、五十鈴さんにしてはやけに明るい。お母さんかな?
「あの、五十鈴さん……蘭子さんのクラスメイトの園田です。プリントを届けに来ました」
「あ、はーい。少し待っててください」
少し待つと、玄関からお母さんらしき人が出てきた。
綺麗な人だけど髪も瞳も黒…五十鈴さんはノルウェーのハーフだって言ってたけど、ノルウェー人はお父さんの方か。
「わざわざありがとうねぇ」
「いえ、蘭子さんにお大事にとお伝えください」
僕は五十鈴さんのお母さんにプリントを渡した。色々と伝えたいことがあるから会って話したかったけど、いきなりそんなことは頼めない。
「…」
そう思っていると、五十鈴さんのお母さんは僕の顔を覗き込んできた。
「な、なんでしょう」
「君さ、病院で蘭子のお見舞いに来てくれてた子でしょ?」
「え?」
「蘭子がまだ入院してた時、二人で楽しそうに話している姿を病室の外から見たことがあるの」
「そうだったんですか」
見られていたんだ…だったら話しかけてくれればよかったのに。
「あの子があんなに楽しそうに笑う姿を見たのは久しぶりだったわ…それを邪魔したくなかったの。蘭子、退院日が近づくにつれてどんどん元気がなくなってたのよ。学校に通うのが不安で仕方なかったのね」
「…」
「園田くんが勇気づけてくれたんでしょ?」
「いえ…どうでしょう」
「今日だって熱でまともに立てない状態なのに、床を這いずりながら登校しようとしてたんだからビックリしたわ」
そうか……しまった。
第一印象をアピールできる登校初日が重要だって何度も指導したからな。きっと休んだことで不安に駆られているに違いない。
「あの、蘭子さんに伝えて欲しいことがあります」
「ん?」
「同じクラスになりました。まだ挽回できるので、ゆっくり休んでくださいって」
少なくとも孤独になる心配はないと伝えたかった。
確かに初日の欠席は痛いが、所詮は長い学生生活のたった数日。まだまだ人間関係を築く機会はいくらでもある。
「わかった。それじゃあ私からも一つ」
「?」
「蘭子のこと、お願いしていい?」
お母さんの表情は真剣だった。
親なんだから、僕以上に五十鈴さんを心配しているはずだ。僕も半端な気持ちで五十鈴さんに協力しているつもりはない。
「はい!任せてください!」
僕は迷いなくそう答えた。
関わった以上、最後まで責任は取るつもりだ。