42 焦るクラスメイト(男子)
五十鈴さんのクラスメイトであること…それは華岡学園において、声を大にして自慢できるほどの特権である。
「あの人と同じ空間に居られるなんて…裏山」
「同級生になれただけでも幸運だよな」
「クラス替えで同じクラスになれることを祈ろう」
超絶美少女の五十鈴さんは、華岡学園に通う生徒の中で知らない者はいないほどの有名人となっている。そんな彼女と同じクラスになれたことは、誰もが羨む奇跡のような幸運だ。
しかし五十鈴さんが美少女であると同時に“日本語を話せない高圧的なお嬢様”という誤った情報まで広まっている。同じクラスになれたところでコミュニケーションは不可能…それでも同じ空間に居られるだけで至福、その幸せを享受できるだけでも十分幸福なことだ。
だがそれは外野目線での考え方である。
同じクラスになれた生徒たちは、ある葛藤に駆られていた。
クラスメイトの中には、五十鈴さんとの距離を縮めることに成功した者がいる。しかも園田くんを含めて、城井くんや涼月くんといった男子まで五十鈴さんの領域に踏み込んでいた。
五十鈴さんのクラスメイトたちは、同じクラスになれただけで満足していたことに後悔していた。
同じクラスになれたというのに、このままでは五十鈴さんの記憶に残らない。物語の登場人物になれない。ただのモブとして終わってしまう。
それだけは何としてでも避けたかった。
※
放課後の教室。
この場には園田くんたちを除いて、1-1組の男子全員が集まっていた。
「それでは始めようか…第一回五十鈴さんと仲良くなろう会議」
黒板の前に立つのは、まとめ役が得意そうな爽やかイケメンの池永くんだ。
「今までは雑談程度で五十鈴さんに近付く手段を話し合っていたけど、そんな生半可な気持ちで五十鈴さんに近付こうなんて甘すぎたんだ」
まず池永くんはこれまでの努力とも呼べない行動を反省する。
「俺たちは諦め半分だったんだ…だが、五十鈴さんとのコミュニケーション方法は確かにある。それを証明してくれた奴らがいる」
どうして男共が急にやる気を出して、こうして話し合いの場を設けたのか。それは“五十鈴さんグループ”が生まれたからだ。
「西木野さんたち女子組ならまだわかるけど、園田くんを筆頭に城井くんや涼月くんまで五十鈴さんとの距離を縮めている…だったら俺たちにだって可能性はあるんじゃないか!?」
池永くんは高らかと言い放つ。
一般人の園田くんにできて自分たちにできないはずがない…そんな慢心とも取れる自信が湧き出るのは、彼らが華岡学園に選ばれた天才だからだ。
「問題は…どういった手段で、あのご令嬢とお近づきになるか…だな」
そこでキザったらしい男子が口を開く。
「木条くんは何か案があるの?」
池永くんが意見を求めると、木条くんはわざとらしく前髪をかき上げる。
「口にするまでもない…お前たちも分かっているはずだ。あのご令嬢とお近づきになるための最善策をな…」
「…」
木条くんに言われ、男子全員は口を噤む。
「園田殿を接点に近づく…それが得策でござるな」
その沈黙を破ったのは武士のような幕末感のある坂本くんだ。
何度も説明しているが、この華岡学園には様々な天才たちが在籍している。それ故に大半の生徒は特質した個性の塊だ。この場にも様々な個性を持った生徒が集まっているが、一人一人に解説を挟むときりがないので省略させてもらう。
話を戻して…
「そう…実際に城井くんたちが五十鈴さんと関われたのは、従者である園田くんと仲良くなったからだ。俺たちも同じ手を使えば手っ取り早いんだけど…」
池永くんは言葉を詰まらせる。
最善策が分かっているのに、彼らは実行に移せない訳があった。
「でもその手段は使えない。何故なら俺たちは、園田くんと対立してしまったからだ」
五十鈴さんにとって最も親しい男子、それが園田くんであることは誰の目から見ても事実だ。だからこそ男子たちは一方的に嫉妬し、敵視し、対立してしまった。
そして今、男子たちは自分たちの浅はかな行いを悔いていた。
「完全に悪手だったな」
「それな」
「こっちから話しかけるとか…もう無理だろ」
いつぞや紹介した鈴木三人組は同時に腕を組んで唸る。
五十鈴さんの初登校日、初めてクラスで話し合った日、そして今日に至るまで…自分たちが園田くんに対してしてきた仕打ちは、嫌われても文句の言えないものだ。
「むしゃくしゃしてやった、後悔はしている」
「みんな同じだ。俺たちを責められるのは園田だけだ」
「謝れば済む話かもしれないけど…」
「それはちょっとなぁ」
「俺ら、素直になれないお年頃だからな…」
他の男子たちも同じ後悔をしていた。
華岡学園に選ばれたとはいえ、ここに集まるのはまだまだ発展途上の子供たちだ。間違うこともあれば、素直になれない面もあり、失敗を悔いて反省もする。
「なんとか彼との確執をなくせればいいんだけどね」
「………」
池永くんの言葉を誰も否定しない。
「でもよ…園田だって俺らを恨んでるだろ」
「普通なら仕返しにくるって」
「その内、五十鈴さんを使ってマウントとってくるぞ」
鈴木三人組の意見を聞いて、池永くんは険しい表情を浮かべる。
「…それも当然の権利だと思う」
もはや園田くんとのコミュニケーションは不可能だと決めつける男子たち。
「他の男子に頼るとしたら涼月と城井だな」
「涼月って全然喋らないし、不良っぽくて怖いんだよね」
「城井は大した情報くれないし…」
園田くんの数少ない男友達に頼る作戦も、全てが失敗に終わっている。
「だからって西木野さんたち女子組にすり寄るのは、下心が透けて見えてキモイしな…」
単独で五十鈴さんに近づくのは不可能。
園田くんとの和解も無理。
他の五十鈴さんグループの誰かに頼るのも駄目。
まさにお手上げ状態だ。
「…誰かいい案を持ってないか?」
男子たちはまともな解決案を出せないまま、進展しない話し合いを続けるのだった。