40 テスト期間①
季節が変わり、ついに期末テストの期間に入った。
名門である華岡学園は授業内容やテストもかなり難しい。でも赤点を取ったところで補習や追試といったものはないし、テスト期間中でも部活動は休止になったりしない。この学校は厳しいのか優しいのか分からないな…
勉強も大切だけど、五十鈴さんにはそれとは別でやらなければならないことがある。
やりたいことノート。
それは入院中に五十鈴さんが書き残した、やってみたいことが詰まったノートだ。
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11 委員会に入る。
12 勉強会を開く。
13 みんなでテストの見直しをしたい。
14 何かの賞をとる。
15 体力測定で平均以上を目指す。
16 身長は目指せ160以上。×
17 運動会で一位になる。
18 学園祭で全ての模擬店を回る。
19 ボランティアに参加する。
20 皆勤賞を目指す。
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今回のテスト期間だと12と13の達成が狙える。
百点を取るとか総合一位を狙うとか、そんな壮大な目標ではない。勉強会を開いたりテストの見直しをしたり…そんな当たり前のような日常を望むのが五十鈴さんだ。
※
学校の放課後。
僕と五十鈴さんはいつもすぐには帰らず、学校に残って何かしらをやっている。クラス委員の雑務をやったり、友達とお喋りをしたり、芸術室に行って片付けをしながら今後を話し合ったり。
そして今日は、友達を勉強会に誘うという目標がある。
五十鈴さんは前に比べてかなり行動的になっている。友達を勉強会に誘うくらい、ちょっと勇気を振り絞れば一人でできる。
「木蔭ちゃん、一緒に勉強しよう……」
「う、うん…いいよ」
木蔭さんはすぐ五十鈴さんの誘いに乗ってくれた。
因みに僕はとっくにオッケーしてる。
「勉強会か、真面目だねぇ」
その様子を見ていた西木野さんが感心している。
「西木野さんも……どう?」
五十鈴さんは流れで西木野さんも勉強会に誘った。
「悪いけど今日は希と先約があるから、明日から参加させてもらうわ。それじゃ~ね」
それだけ言い残して西木野さんと朝香さんは足早に帰宅してしまう。
そうなると他のメンバーを誘いたいところだけど…スポーツバカの昴は言うまでもないが、星野さんも勉強には興味なさそうなんだよね。誘えば来てくれるだろうけど、赤点の負担もないことだし無理強いは止めた方がいいだろう。男友達である城井くんと涼月くんも多忙みたいだから誘わない方が無難だ。
ということで放課後の勉強会は僕、五十鈴さん、木蔭さんの三人でやることになった。
「……」
「…」
「…」
うーん…口数の少ないメンバーになってしまったぞ。
「勉強会、どこでやりましょうか?」
ここは僕が引っ張っていくしかないな。
「教室でもいいですけど、定番は図書室ですよね」
「図書室……行ってみたいっ」
図書室と聞いてテンションが上がる五十鈴さん。
そういえば今まで一度も行ったことなかったっけ。
「そういえば図書室ってどこにあるんでしょうね」
「あ…華岡学園に図書室はないよ」
そこで木蔭さんが小声で呟く。
「代わりに…図書館がある」
「室ではなく館ですか?」
「うん…高等部校舎に向かう道中、ガラス屋根の大きな建物を見たことあるでしょ…?」
「ああ、ありましたね」
「あれが図書館なんだよ…」
この学園にはいくつもの施設があるから気付かなかった。それにしても学校の敷地内に図書館があるとは…流石は華岡学園、なんでもありだな。
「じゃあそこに行きましょうか」
「うん……!」
珍しく五十鈴さんが先陣を切って、僕と木蔭さんが後に続く。
「ねぇ園田くん…」
すると木蔭さんが耳打ちしてくる。
「いいの?私、お邪魔虫にならない…?」
「お邪魔虫?」
「だって私がいなければ、二人きりになれるよ…」
「…」
木蔭さんはまったく見当違いな心配をしていた。
「そんな配慮はいらないですよ」
「そう…?」
「五十鈴さんは、みんなと一緒に何かしたいんです」
二人だけではなく、新しく作れた友達のみんなと一緒になってノートに挑む。それこそが五十鈴さんの最も理想とするやりたいこと達成の形だ。
※
こうして僕たち三人は図書館に足を運んだ。
綺麗な外装に三階建ての広々とした館内、棚にはおびただしい数の本が収納されていた。お目当ての本を探すのに難儀しそうだけど、驚くことに本を探すためのタブレットまで設置されている。そしてもし読みたい本がなかったら、紙に書いてリクエストすればすぐ入荷してくれる。
今はなんでもインターネットで調べられる時代だけど、ここでしか得られないものは沢山ありそうだ。
「じゃあ空いてる席を探しましょうか」
テスト期間ということもあって館内にはそこそこ人がいるけど、無駄に広いから余裕で席は空いている。
僕らは二階の窓際の席を確保できた。
「……」
五十鈴さんが初めての場所にウキウキしているのが分かる。
「園田くんと五十鈴さんって、風邪とかで休んでる日があるよね…?」
何度も来たことがあるのか木蔭さんは慣れているようだ。
「その日の授業とか、テストに出そうな範囲…教えるよ」
木蔭さんは休みがちな僕らを気遣ってくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとう……」
ここはお言葉に甘えよう。
華岡高校の一年は中間テストがないから、五十鈴さんにとってこれが人生初めてのテストになる。万全を期して挑ませてあげたい。
………
……
…
それから僕らはひたすら勉強した。
勉強会なのだから面白いことなんて何も起きないさ。放課後の時間に友達と集まって図書室で勉強する…これこそが僕らの望んだ平凡だ。
「ねぇ、園田くんと木蔭ちゃん。この数学の問題、どうやればいいかな……?」
すると五十鈴さんがノートを開いて見せてくる。
「どれです?」
僕と木蔭さんでノートを覗く。
その時、背後から嫌な視線を感じた。
「…」
どうやら木蔭さんも感じたようだ。
美少女である五十鈴さんが図書館に現れれば、周囲の生徒が注目しないはずがない。そして一緒に勉強している僕らを羨むのも当然だろう。しかも図書館の人口が増えてる気がする。
「えっと…ここは平方完成を使ってね…」
「なるほど……ありがとう」
木蔭さんから教えてもらい、五十鈴さんは勉強を再開させる。普段だったら五十鈴さんも周囲の視線に緊張してしまうはずだけど、今は勉強に集中して気付いていないようだ。
「大丈夫ですか、木蔭さん」
僕は木蔭さんの様子が心配になった。
影が薄いと自称している彼女だけど、五十鈴さんの取り巻きにいたら注目は避けられない。
「うん…大丈夫。園田くんは毎日、こんな視線を浴びてるんだね…」
木蔭さんは苦笑している。
「ええ…まぁ」
こんな目に遭ってあれだけど、僕の苦労が初めて誰かに伝わった気がして少し嬉しかった。
「でも、ちょっと新鮮かも。こんなに注目されるの生まれて初めてだから…」
「五十鈴さんの光が強すぎて、僕らの影が濃くなったんですね」
「ふふ…面白い比喩表現だね」
「とにかく五十鈴さんを見習って、勉強に集中しましょうか」
「うん、そうすれば周囲の視線も気にならないよ…」
そんなやり取りを挟みつつ、僕らは勉強を再開させた。