39 幼馴染について
ある日の放課後。
僕は教室で幼馴染と集まり、昔の話をしていた。その集まったメンバーの中には五十鈴さんも含まれている。
「今から八年前。僕らは五十鈴さんと会って、公園で一緒に遊んだことがあると」
前に五十鈴さんが言っていた僕らが幼馴染だったという件について、詳しい事情は昴から聞いている。どうやら僕が風邪で休んでいる間、色々なことが起きていたらしい。
「うん、園田くんと私は幼馴染……!」
五十鈴さんは今まで見たことがないほど嬉しそうだ。
手に入らないと思っていた幼馴染の関係、それを既に手に入れていたのだから当然だ。しかもこうして高校で再会できるなんて奇跡としか思えない。
「うーん…そんなこともあったような、なかったような」
でも僕は昔のことをほとんど覚えていなかった。
「思い出せない……?」
「う…」
五十鈴さんはとても悲しそうだ。
こんな美少女と会ったら、絶対に忘れるはずないんだけど。
「楓ちゃんも五十鈴さんのこと忘れてたよね」
そこで昴が話に加わる。
「当時の園田兄妹は家庭事情が大変だったから、それで覚えてないのかもね。あの頃って両親が一年以上も帰らなかった時期でしょ」
「あーそうだったな」
昴の言う通り、幼い頃の園田家は多忙を極めていた。
今だからこそ両親不在でも普通に日常生活を送れてるけど、小学生の頃は本当に大変だった。家事、近所付き合い、学校生活、寂しくて泣いてる妹の世話…そんなことしか思い出せない。
「そうなんだ……」
五十鈴さんは残念そうだ。
うーん…何か思い出せないかな。
「………(あの頃からだったな)」
そこで涼月くんが口を閉じたまま意思を伝えてくる。
「………(庭人が女性に対して、妙に丁寧口調で話すようになったのは)」
「そうだったね!次にあのお姫様と会う時は、ちゃんと礼儀正しい言葉遣いで話すんだって勉強してたよ」
涼月くんと昴の言葉で、少しだけど思い出したことがある。
「…そういえばそうだったかも」
夢のように曖昧な記憶だけど…異国のお姫様との出会いがきっかけで、女子に対してだけは敬語を使うべきだと心に決めたんだ。
子供の頃から自分を平凡と卑下してたから、五十鈴さんとの出会いを夢とすり替えちゃったのかな。
「思い出せた……?」
五十鈴さんは不安げな目で見てくる。
「お、思い出しました!確かに五十鈴さんと会ってましたね」
「じゃあ、幼馴染……!」
僕らが幼い頃に会っていたことは確かだけど、それはとても短い期間だけだ。それで幼馴染と呼んでいいのかは分からないけど、五十鈴さんが嬉しそうだからそれでいいや。
※
「………(先に帰るぞ)」
そうこう話していると、涼月くんは先に帰宅してしまった。みんなで一緒に帰ればいいのに…相変わらずの一匹狼だ。
「質問……」
涼月くんを見送ったタイミングで、五十鈴さんがおずおずと手を上げる。
「園田くんの妹さんと涼月くんの間に何があったか、詳しく聞いてもいい……?」
それは予想外の質問だった。
「五十鈴さん、二人の間に起きたこと知ってるんですか?」
「速川さんからちょっと聞いた……」
やっぱり昴が秘密を漏らしたのか。
「おい昴。あのことは涼月くんに口止めされてただろ」
「てへ」
昴は笑って誤魔化している。
こいつは昔から口が軽すぎるんだ。
「五十鈴さんが入院してたこととか、間違っても西木野さんたちにバラすなよ」
「分かってるよぅ」
「…」
昴に五十鈴さんの過去を知られたのは致命的かもしれない。
「それで、過去に何があったの……?」
五十鈴さんはお構いなしで話を続けようとする。
「…涼月くんには内緒でお願いします」
僕は口の堅いタイプだけど、ここまで知られたなら話してしまおう。仮に涼月くんにバレても幼馴染のよしみで許してくれるはず。
「うちの妹は事故で足を怪我しました」
「うん……」
「それでその事故の現場に、涼月くんが居合わせていたんです」
「え……それで、何があったの?」
「詳細は分かりません…その出来事から涼月くんは罪悪感を抱えているようで、事情を聞ける感じじゃなかったんです」
実際の現場でどんなことが起きたのかは知らない。でもあの一件から、面倒くさがりの涼月くんはやけに妹の面倒を見てくれるようになった。
きっと余程のことがあったに違いない。
「五十鈴さんもこれ以上は詮索しない方がいいですよ」
「う、うん……」
辛い過去を知られたくない気持ちは、五十鈴さんなら理解できるはずだ。
「でもあの事故があったから、庭人くんは五十鈴さんと再会できたんでしょ?悪いことばかりじゃなかったよね」
昴が能天気なことを言っている。
でも…確かにその通りだ。
だからといってあの事故に感謝するつもりはないけど、悪い出来事ばかり気にしてても暗い気分になるだけだ。
「……」
五十鈴さんは僕の方を見て小さく微笑む。
お互いちょっと後ろ向きだから、たまには昴の前向きを見習うべきかもしれない。