38 園田くんと朝香さん
学校の放課後。
園田くんは教室で一人、ぼんやりしていた。
五十鈴さんに家の用事があるということで、本日の芸術室での活動はお休み。それなら園田くんも一緒に帰ればいいのだが、二人で帰る姿を他の生徒に見られると多くのヘイトを集めてしまう。
せっかく同じ通学路を通っているのに、二人は一緒に登下校しずらい状況にある。
(といってもずっと五十鈴さんの隣にいるのはお互いの為にならないし、多少のインターバルは必要だ)
五十鈴さんたちが先に帰って十分が経過した。
そろそろ自分も帰ろうと腰を上げた、その時。
「園田く~ん」
とある女子が一人、園田くんの席に駆け寄ってくる。
「朝香さん」
西木野さんの幼馴染で、五十鈴さんグループの一人である朝香さんだ。
「実は園田くんとお話ししてみたかったんだ~」
「僕とですか?」
「暇ならお話ししよ~」
「えっと…西木野さんは?」
「ゆーちゃんは五十鈴さんたちと帰ったよ」
朝香さんは隣の席に座って園田くんと向き合う。
因みにゆーちゃんとは西木野優子さんのことだ。
(今日は五十鈴さんグループの人とよく話すな…)
これまで西木野さんとは何度も話したことはあったが、他の三人とはまともに会話をしたことがなかった。五十鈴さんの友達と親睦を深められるのは良いことだが、女友達ばかり増えている現状に抵抗を感じてしまう一般男子の園田くん。
「園田くんってゆーちゃんに似てるよね」
朝香さんはお構いなしで話を始める。
「そうですかね…」
「五十鈴さんと一緒にいるところを見てると、ゆーちゃんみたいに頼りになるなって思えたよ」
のんびり屋な朝香さんの面倒を見る西木野さんと、危なっかしい五十鈴さんを支援する園田くん。この組み合わせに類似するものがあるから、そう見えるのだろう。
「五十鈴さんって病気で入院してたよね。もう大丈夫なの~?」
すると朝香さんから驚きの一言が出る。
入院生活のことは、西木野さんですら知り得ないはずだ。
「どうしてそれを!?」
「あの綺麗な髪に沁みついた薬品の匂い、冷たい涙の匂い。嗅ぐだけで辛かった過去が伝わってきたよ~」
「…」
朝香さんは人の匂いを嗅ぐ癖があるが、匂いだけでそこまで分析されているとは思いもしなかった。いつも気が抜けているように見える彼女が、誰よりも早く五十鈴さんの秘密に迫っていた。
「えっと…病気については僕も詳しいことは知りませんが、もう完全に治っているようです」
病気について園田くんは何も知らない。
だがやりたいことに挑戦する五十鈴さんと、その姿を応援する母親とナースの様子を見るかぎり、病気の再発はないと察せられる。
「それは良かった~」
朝香さんは安堵している。
「あの…このことはどうか内密にお願いします」
バレてしまったら仕方がないので、園田くんは口止めしようとする。
「どうして~?」
「五十鈴さんは、友達に気遣われたくないんですよ」
入院生活で多くの青春を無駄にしてきた事実を知れば、誰だって彼女のことを同情する。だがそんな哀れみを五十鈴さんは望んでいない。
「確かにゆーちゃんが知ったら、今まで以上にお節介するかもね」
「そうですよね」
「わかった。このことは私たちだけの秘密ね~」
そう言って朝香さんは小指を差し伸べてくる。
「お、お願いします」
園田くんは躊躇いつつも自分の小指と合わせて指切りをした。
(指切りなんて何年ぶりだろ…朝香さん、こういう子供っぽいところが五十鈴さんに似てるな)
その後も二人は会話を続け、遅くなる前に途中まで一緒に帰宅した。