35 衣替え
季節が変わり衣替えの時期がやってきた。
華岡学校の制服はデザインが秀逸と評判だ。
冬のブレザーは控えめにあしらわれた刺繍ワッペンが特徴的で、女子は凛々しく男子は勇ましくデザインされている。
そして夏用のニットベストが女子に大人気。着れば可愛らしいお嬢様に様変わり、通気性も良くオールシーズンで使える汎用性の高さも魅力の一つだ。
「……」
五十鈴さんは半袖のワイシャツとニットベストに袖を通す。
冬服のブレザーは五十鈴さんにはやや重たかったので、軽やかな夏の制服を着ると心地よい解放感が得られる。
着替え終えた五十鈴さんは鏡で夏服姿の自分を確認した。
「……」
気になってしまうのは、半袖で露になった二の腕だ。
病院生活が長いせいで肌は色白く、筋肉もほとんどついていない。そんな不健康を象徴するかのような腕を出すのが恥ずかしかった。
「行ってきます……」
それでも五十鈴さんはそのまま登校する。
本日は初夏ということで気温はそれなりに高いが、風が心地よくて過ごしやすい天気だ。
ざわざわ…
そして五十鈴さんは今日も道行く人の視線を集めている。しかもいつも以上に注目されている気がしたので、やはり二の腕は隠しておくべきだったと不安に駆られていた。
だがそれは五十鈴さんの被害妄想に過ぎない。
(夏服…いいな)
(冬服の落ち着いた雰囲気もいいが、夏服の清涼感もたまらん)
(拝むだけで暑さが吹っ飛ぶ…)
金色に輝く髪、吸い込まれそうな碧眼、ハーフの整った顔立ち、白くて長い腕と足、そして華岡学園の夏服。全ての要素が見事に調和し、完璧な美少女となっていた。
すれ違う人々は冬ではお目にかかれない夏バージョンの五十鈴さんに釘付けだ。
五十鈴さんが自分の魅力に気付けば、不安に駆られることはないのだが…そんな時は一生訪れないだろう。
※
五十鈴さんは何とか華岡学園の門を潜り下駄箱に到着した。
「あ、木蔭ちゃん……」
そこで同じクラスの友達、木蔭さんを見つけた。
「五十鈴さん、おはよう…」
「おはよう……」
同じような声音で挨拶する二人。
「五十鈴さん…夏服も似合うね」
「そ、そう……?木蔭ちゃんも可愛い……」
「五十鈴さんにそう言ってもらえるのは嬉しいけど、私は夏服が好きじゃないんだ…貧相な体型が露になるから」
そう言って木蔭ちゃんは自分の胸に手を当てる。
(普段は気にならないのに、五十鈴さんが隣にいるとすごく視線を感じる…)
どういう原理か、五十鈴さんと親しくなったことで悩みだった影の薄さが弱まっているようだ。本来なら喜ばしい現象なのだが、木蔭さんは別に目立ちたいわけではない。
「人に見られるのは苦手だよ…」
「私も苦手……」
「…」
「……」
爽やかな夏服を着ているというのに、二人は陰鬱としていた。
「おはよ~」
すると後ろから星野さんが合流してきた。
一見すると普通の女の子に見えるのだが、手に持っているサボテンが異彩を放っている。それが今日の占いのラッキーアイテムなのだろう。
「おお。五十鈴さん夏バージョン、素晴らしいね」
「……」
「木蔭ちゃんも似合ってるよ」
「…」
暗くなっている二人とは違い、星野さんはとても元気だ。
その姿を見た五十鈴さんと木蔭さんは、自分たちがネガティブ思考に陥っていることに気付く。こんな調子では、友達にも迷惑をかけてしまう。
「星野さんも可愛い……!」
「星野さんも可愛いよ…!」
二人は勢いよく星野さんの制服姿を褒めた。
「え?ど、どうも」
どちらかというと陽な星野さんは、陰の二人が何を考えているのか分からなかった。
※
そんな会話をしている内に、五十鈴さんたちは教室に着いた。まだ朝礼が始まる一時間前なのでクラスメイトは集まっていない。
どうしてこんなに早い時間に登校しているのかというと、それは教室の掃除をするためだ。ちゃんと掃除時間はあるので教室はそれほど汚れていないのだが、早朝に集まって掃除をするのが“五十鈴さんグループ”の癖になっているのだ。
「おはようございます」
「おはよー」
既に教室では園田くんと西木野さんが掃除を始めていた。
「おはよう……」
五十鈴さんは挨拶を返しつつ、荷物を自分の席に置いて掃除用具を取りに向かう。
「あれ、朝香さんは来てないね」
星野さんも掃除用具を取り出しつつ教室を見回した。
「あの子はのんびり屋だからね…そろそろ来ると思うけど」
西木野さんがそう言うと同時に、教室の扉が開く。
「おはよ~」
言った通り朝香さんが遅れて現れた。
これで五十鈴さんグループが勢揃いだ。
他にも親しい友達はいるのだが…
(城井くんと昴は部活があるし、涼月くんは面倒くさがって来てくれないんだよね…女子ばかりで落ち着かない)
この状況に園田くんはそわそわしていた。
ここに集まる五人が、五十鈴さんにとってのいつもの顔ぶれだ。まだ知り合って間もない関係だが、初めての学校生活で作れたかけがえのないグループだ。
みんな夏服に変わっているので、いつもの風景が新鮮に見えた。
「……」
そこで五十鈴さんはふとこう思う。
自分の制服姿を見て園田くんはどう評価してくれるのかと。
園田くんは箒を持っていたので、五十鈴さんは塵取りを手に取って前に出た。そして制服姿が見やすいようさりげなく身を翻してみる。
「ありがとうございます」
だが園田くんはろくに見てくれず、箒で集めたゴミを塵取りの中に入れた。
(五十鈴さんの夏服…美しすぎる。声に出して絶賛したいけど、僕が言うといろいろ問題になるよね。ジロジロ見るのも失礼だし控えないと)
この対応は園田くんなりの気遣いだった。
だがその気遣いは、思春期の乙女心には逆効果だった。
「……」
これには五十鈴さんもしょんぼり。
「園田…ないわ」
「園田くん…」
「それはないわー」
「ないわ~」
その様子を眺めていた西木野さん、木蔭さん、星野さん、朝香さんもがっかり。
「え、なにがですか!?」
女子から軽蔑の眼差しを向けられ戸惑う園田くん。
「……」
思い通りにはならなかったが、五十鈴さんはこの賑やかな風景を見て笑みを溢していた。早朝の友達しかいない教室は、放課後の芸術室と同じくらい安心できる時間だ。
退院したての春は学校生活が終始不安定だったが、夏は友達と一緒に楽しい思い出を作ることができそうだ。