33 幼馴染の思い出
入院中の五十鈴さんはベッドから起き上がることもままならなかった。
体を動かす権利はない、意識がはっきりしない、生きているのか死んでいるのかも分からない。そんな絶望の中で、かけがえのない時間を無駄にしてきた。
そんな五十鈴さんだが、驚くほど体調の良い時期がある。
それが八年前、五十鈴さんが七歳の時だ。
「お医者さんから外出の許可を貰ったよ。遠くには行けないけど、どこか行きたい所はある?」
体調がいいということで、お母さんから外出を提案される。
「……」
だが五十鈴さんは迷っていた。
この頃の五十鈴さんは何をしたいのか、何をやればいいのか、どこを目指せばいいのか、どう生きればいいのか分からなかった。治るかも分からない病気と闘っていれば、夢を見ることもできない。
「じゃあ公園なんてどうかな?うちの近所の公園、広くて遊ぶ物がいっぱいあるよ」
それでもお母さんに促され、五十鈴さんは初めての外出をした。
五十鈴さんは怯えた足取りで公園にやってきた。
最近の公園は遊ぶ物が少なかったりするが、お母さんの言う通りここには十種類以上の遊具が設置されていて遊ぶことに困らない。
「……」
だが五十鈴さんはどう遊べばいいのか分からず立ち尽くすしかなかった。どうしようもないので遠くのベンチに座るお母さんの元に戻ろうとした、その時。
「ねぇねぇ、お姫様がいるよ」
「なんだよ急に…わぁ」
「あ、ほんとだ!」
「………」
同い年くらいの少年少女四人が、五十鈴さんを見つけて駆け寄ってきた。
「ねぇ日本語話せる?一緒に遊ぼう!どんな遊びが好き?」
「……」
一人の少女から急に距離を詰められ困惑する五十鈴さん。
「こら、そこまでだ」
そこで少年が軽いチョップで少女の頭を叩いた。
「いたー」
「ぐいぐい行きすぎだ。困ってるだろ」
二人のこのやり取りは、今も昔も変わっていなかった。
「その、急にごめん」
「……」
「ええっと…一緒に遊び…ますか?」
そして少年は、恐る恐る五十鈴さんを遊びに誘った。
「……」
急な展開に五十鈴さんは心の整理ができていないが、ゆっくりと頷いた。
それから五人は、日が暮れるまで公園で遊んだ。
初めて公園で遊ぶ五十鈴さんにとって全てが初体験、少年少女四人はそれを察して遊び方を教えてくれた。
「……」
その日、五十鈴さんはとても楽しかった。
そして今まで真っ白だった思考の中に、新しい感情が次々と生まれていった。
公園で会った四人の子供たちと一緒に遊べたのは、一週間という短い期間だけだった。五十鈴さんは再び体調を崩して寝たきりの生活に戻ったが、もし病気が治ったらどんなことをやりたいのか、外の世界にはどんな楽しいことがあるのかを探すようになった。
※
その公園で五十鈴さんが出会った四人こそが、園田くんたち幼馴染グループだ。そんな過去があったのに、涼月くん以外はすっかり忘れていた。
「……!」
五十鈴さんは全てを思い出して放心していた。
小さい頃に誰かと公園で遊んだという曖昧な記憶はあったが、まさかその相手が園田くんたちだとは思いもしなかった。
「思い出した思い出した、確かに会ってた!」
速川さんも既視感の謎が解けてすっきりしている。
「もー涼月くん、知ってたなら教えてよ」
「………(聞かれなかったからな)」
唯一覚えていた涼月くんはいつだって冷静だ。
「八年前に会った美少女と高校で再会…?なにそのお兄ちゃんらしからぬロマンチックな展開!」
楓ちゃんはドラマのような展開に目を輝かせている。
「じゃあ五十鈴さんも、私たちの幼馴染だったんだね」
速川さんの何気ない一言で、五十鈴さんは身を震わせた。
望んでも手に入らないと諦めていた幼馴染という関係、それを既に手にしていた。しかも入学した高校でこうして再会を果たした。
園田くんに関していえば入院中に出会い、公園でしてくれたように自分を未知の世界に引っ張ってくれた。
「お兄ちゃんは覚えてたのかな」
「………(いや、思い出している様には見えなかった)」
「だよね。二人はいつどこで再会したんだろう?」
速川さんたちは過去の記憶を話題に盛り上がっているが、五十鈴さんは居てもたってもいられなかった。
このことを園田くんに伝えたい。
胸を張って幼馴染宣言したい。
公園でのお礼を言いたい。
「……」
だが五十鈴さんは我慢した。
何故なら園田くんは風邪を治すため安静にしているからだ。今は一日でも早く元気になって学校に復帰してくれることを願うしかない。
「そうだ五十鈴さん、どうしてあれから公園に来なくなったの?」
すると速川さんは過去の事情について五十鈴さんに尋ねる。
「そ、それは……」
「また会えるかもって、私たちけっこう公園で待ってたんだよ?」
「……」
速川さんに問い詰められては、五十鈴さんも隠していた入院生活の秘密を話さざるを得なかった。隠していた秘密を一つ知られることになるが、相手が幼馴染なら大丈夫だと五十鈴さんは思えた。