29 学校から逃げた五十鈴さん①
『五十鈴さんがいなくなったんだけど』
西木野さんからのメッセージを見て、一気に血の気が引いた。
五十鈴さんがいなくなった…!?
大変じゃないか!
『もうちょっと詳しくお願いします』
すぐ西木野さんにメッセージを送り返した。
『五十鈴さん、朝は普通に登校してたんだよ。なのに朝礼が終わって一時間目が始まる前にはいなくなってた』
『学校にはちゃんと来てたんですね』
『そう。それでさっき五十鈴さんからにゃいんで“欠席します”ってきてたんだよ』
なるほど…状況は分かった。
五十鈴さんは学校に来たのに、何故か授業が始まる前に早退してしまったんだ。
どうして早退したんだろう…やりたいことのサボるはもう達成されてるし、僕の知らない別のやりたいことでもあったのかな?それとも僕の風邪がうつっていて、急に体調を崩したのか。
『五十鈴さんの様子で、何か変わったことはありました?』
もう少し西木野さんから情報を得たい。
『いつも通り普通だったよ。星野さんたちと雑談してて、無表情だけど楽しそうだった』
『そうですか…』
『あ、でも朝礼が始まる前。五十鈴さんやけにそわそわしてたな』
『そわそわ?』
『園田の席をチラチラ見て、いつもの無表情が少し曇って見えたよ』
僕が欠席したことを気にしたのか。
それが五十鈴さん失踪とどう繋がる?
『これは私の想像なんだけど…五十鈴さんは、園田のいない学校が怖いんじゃないの?』
………
西木野さんからのメッセージを見て、僕は登校初日の五十鈴さんを思い出した。学校という未知の世界に飛び込んだあの日は、藁にもすがりたい思いだったはずだ。隣の席に僕がいると知った時の、五十鈴さんの安堵の笑みは今でも覚えている。
確かにあの頃の五十鈴さんなら、僕がいなかったら怖くて逃げ出していたかもしれない。
『五十鈴さんって見た目よりずっと繊細だし、学校中が注目する美少女だろ?周囲の視線を気にしてかなりのストレスを溜め込んでるはずだ』
すごいな西木野さん…もう僕より五十鈴さんのことを理解している。
『そんな五十鈴さんの心を支えていたのが園田の存在なんだよ』
『いや、今の五十鈴さんには西木野さんや星野さんもいるじゃないですか』
『残念ながら私らじゃ、園田の代わりにはなれなかったみたい』
…五十鈴さんにとって僕はそこまでの存在なのか?
前に五十鈴さんを泣かせた出来事を反省して、僕は自分を過小評価することを控えた。でも西木野さんの言っていることは、いくらなんでも僕を過大評価しすぎてる。
『学校に通う勇気のない子が、誰かに依存して心の支えにするのは珍しいことじゃないよ』
『依存…ですか』
『五十鈴さんの過去に何があったのか、園田が五十鈴さんに何をしたのか私は知らない。だから五十鈴さんを支えてあげられるのは園田しかいないんだ』
『でもどうすれば?』
『とにかくその風邪を治して、電話するなり会って話すなりしてあげな。下手すると五十鈴さん、今日のことを引きずって不登校になるぞ』
ここで西木野さんとのやり取りは途切れた。
時間的に授業が始まったんだ。
と、とにかく五十鈴さんと話をしよう。
こんな微熱で寝込んでいる場合じゃないぞ。
※
自転車で五十鈴さんの家にやって来た。
電話をかけたりにゃいんでメッセージを送ってみたけど、スマホの電源を切っているのか返事がない。やはり直接会って話さないとダメだ。
僕はすぐ五十鈴さん宅のインターホンを鳴らす。
ピンポーン
…
『はいはーい』
インターホンから五十鈴さんのお母さんの声が聞こえる。
「園田です」
『あら、園田くん?学校はどうしたの?』
「風邪で休みました」
『大丈夫なの?』
「大丈夫です。それより、五十鈴さんが学校を欠席したらしいのですが」
『ああ、そのことね…』
五十鈴さんのお母さんは僕がここに来た理由を察したようだ。
『蘭子ならまだ帰ってないよ』
「え?」
『実は病院から電話があったの。蘭子が中庭に来てるって』
そうか、そっちに避難してたのか!
確かに学校を抜け出しておいて、真っ直ぐ家に帰るのは気まずいよね。あそこなら補導員に見つかることもないから、非常時の避難場所としては最適だ。
『早く帰ってきてくれればいいんだけど…』
「じゃあ僕が迎えに行きます」
『任せても大丈夫?』
「はい!」
よし、急いで病院に向かおう。
「おっと…」
体がふらつく…頭もくらくらする。
確実に風邪は悪化しているだろうけど、そんなことはどうでもいい。五十鈴さんをどうにかすることが僕の最優先事項だ。