元気になったらやりたい100のこと
早速、病院の受付で面会の手続きをした。
だが簡単にはいかない…なにせ僕と少女はお互いに名前すら知らない間柄だ。しかも僕は異性、相手は絶世の美少女。僕にやましい気持ちがあって近づこうとしてるんじゃないかとナースさんも警戒する。普通なら門前払いだろう。
僕が手続きをしてしばらく待つと、奥からナースさんが現れた。
「301号室になります」
面会は承諾された。
あの少女が承認してくれたのかな。
僕は少女が待つであろう病室に向かった。
まさかこんなことになるなんて………妹を呼んで同伴させようかな?いや、少女が許したのは僕だけだ。まず何を話せばいいんだろう。手ぶらで行ってもいいのかな…
そうこう葛藤していると、あっという間に少女が待つ病室に到着してしまった。
「………」
考えても仕方がない気がしてきた。
まず扉をノックしてみる。
………
返事はない。
僕は恐る恐る扉を開けて中を覗く。
「お邪魔します…」
その個室には、ベッドの上で窓の外を眺める少女が一人いるだけだった。
遠目で見るのと間近で見るのとではまるで違う。病室を背景にした少女の姿はまるで芸術、触れることすら許されない高貴さと儚さがあった。
「……」
少女は自分の領域に侵入した僕を睨む。
文通をしていた時は無邪気な面が垣間見えていたけど、今の少女からはどこか近寄りがたい冷たい雰囲気を感じた。その威圧感に気圧され、室内に入る一歩が踏み出せない。
「は……は……はじめ、まして……」
そんな僕を見た少女は、無表情のまま言葉にならない声を発している。
「その……ごめんなさい……緊張して……声が……」
緊張してるだけだった。
やっぱり文通の通り、中身は普通の女の子だ。
「ああ…えっと」
きっと少女は勇気を振り絞って僕を招き入れてくれたんだ。緊張するのは当然、僕が何か少女の緊張を解く話を振らなければ。
慌てて病室内を見回すと、ある物が目に留まった。
「そのクマのぬいぐるみ、最初の紙飛行機に描いてあったクマですよね?」
少女の側に置いてある大きなクマのぬいぐるみを指差す。
「!……はい、友達です」
「クマが好きなんですか?」
「はい……可愛くて強くて、勇気をくれるんです」
こんな感じで、文通をしている時のような何気ない会話から初めてみた。
「僕からの紙飛行機、返事をくれてありがとうございます」
「こ、こちらこそ……最初の紙飛行機……返してくれて、嬉しかった」
しばらく話していると少女の表情は少しずつ柔らかくなり、僕の知ってるいつもの親しみやすい美少女の雰囲気に戻っていた。どうやらこの少女は緊張すると人相が悪くなるみたいだ。
個性豊かな美少女だな…
※
「もうすぐ退院できるんですよね。見たところ高校生ですか?」
しばらく会話は続き、学校についての話題を振ってみた。
「はい……今年から、華岡学園に入学します」
「おお、僕も今年から華岡学園に通うんですよ」
「そうなんですか……?」
すごい偶然だな。
こんな美少女と同じ学年で学校に通えるなんて…新しい生活が不安だったけど、これは幸先がいいぞ。
「新しい学校生活、楽しみですね」
「……」
僕とは裏腹に、少女は暗い表情で俯く。
「…不安ですか?」
「実は私、今まで病院の外に出たことなくて……初めて学校に通うんです」
「え、小学校にも中学校にも通ったことがないんですか!?」
じゃあこの少女は、生まれてからずっと病院の中で生活していたのか。そうか…だからお見舞いに来てくれる友達がいなかったんだ。
「それで学校が怖いんですね」
「はい……」
少女は不安げにクマのぬいぐるみを抱きしめる。その時クマの腕がベッドのそばに設置されたデスクに当たり、一冊のノートが床に落ちた。
「ノート、落ちましたよ」
「あ……!」
僕がノートを拾おうとすると、開かれたノートの内容が目に入った。
――――――――――――――――――――
1 学校に通う。
2 友達を作る。
3 男の子の友達も作る。
4 輪になって雑談する。
5 友達と一緒に下校する。
6 放課後、友達と寄り道する。
7 学校でお気に入りスポットを作る。
8 友達と連絡先を交換する。
9 自分から友達に電話をかける。
10 授業をサボってみたい。
――――――――――――――――――――
…目標を書いてまとめたものかな?
あんまり人のノートを覗くのも失礼だから、すぐノートを閉じて少女に渡した。
「生まれ変わったらやりたい100のこと?」
ノートのタイトルには、そう書かれていた。
「はい……昔、書いたものです」
ノートを受け取った少女が弱々しく呟く。
「私……ずっと寝たきりで、人生を諦めていたんです……どうせ学校には通えないんだって……友達なんて作れないんだって」
少女の声は少し震えていた。
「それでいきなり元気になって……嬉しかったけど、不安の方が大きくて……」
「…」
少女にとって自分の世界は、この狭い病室の中だけだった。その少女が未知の世界に飛び込もうとしている。期待よりも不安の方が大きいに決まっている。
そんな少女に力を貸してあげたいと思うのは、僕だけではないはずだ。
「なら、こうしたらどうです?」
「?」
僕は学生鞄から修正テープを取り出し、ノートのタイトル文字を消して新しい文字を書き足した。
『元気になったらやりたい100のこと』
「これなら変じゃないですよ」
「……」
修正されたノートを見て、少女は目を丸くしている。
「でも……こんな出遅れた私が挑んでも無理だよ」
「目標は叶えるものではなく、挑戦するものです。がんばりましょう」
「そ、それに……学校の通い方も、友達の作り方もわからなくて……」
少女は新しいタイトルに変わったノートを握りしめ、不安げに僕を見つめる。
「退院の日って、入学初日には間に合いそうですか?」
「は、はい……」
「なら良かった。まず自分のクラスが決まると自己紹介が始まります。友達を作るなら、そこでどれだけ自分がみんなと友達になりたいかをアピールすることが大事です」
「なるほど……」
「それと挨拶を心がけましょう。最初の人間関係は“おはよう”から始まります」
「はい……!」
大きな野望を叶えたいのなら、平凡な僕では力になれない。けどありふれた日常が目標なら僕でも力になれる。僕は自分のために用意していた、平穏な学生生活を送るためのプランを少女に教えた。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕の名前は園田庭人です」
「わ……私、五十鈴蘭子」
こうして少女…五十鈴さんが退院するまでの間、僕らは理想の学生生活について話し合った。