25 体力測定
身体測定の次は体力測定が始まる。
やりたいことノートには“体力測定で平均以上を目指す。”と書かれているが、それは五十鈴さんにとって最大の難関だと言っても過言ではない。
退院して自由の身になったといっても、十年以上も寝たきりだった体を動かすのは困難だ。休日トレーニングを始めてはいるが、人並みの体力はない。
それでも体は動く。
もう病院で寝たきりだった自分ではない。
「ふん……!」
五十鈴さんは気を引き締めて体力測定に挑んだ。
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まず最初に、華岡学園高等部一年女子の体力測定平均値を確認しよう。
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握力 25kg
上体起こし 22回
長座体前屈 48cm
反復横跳び 47回
立ち幅跳び 170cm
ハンドボール投げ 13m
50メートル走 9秒
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これが一般的な数字であり、五十鈴さんの目標でもある。
「……」
体力測定を終えた五十鈴さんは、自分の席に戻って結果を見直した。
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握力 11kg
上体起こし 3回
長座体前屈 60cm
反復横跳び 16回
立ち幅跳び 261cm
ハンドボール投げ 5m
50メートル走 13.5秒
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結果は見ての通り、散々なものだった。
五十鈴さんは退院してからまだ二カ月と少ししか経っていない。入院中でもリハビリはしていたが、そんな短い期間で入院生活の遅れを取り戻せるはずがなかった。
「五十鈴さんって何でも完璧ってイメージだったけど、意外と運動音痴?」
その記録には西木野さんも苦笑いだ。
「私…初めてかも、誰かに体力測定で勝ったの…」
「私も初めてだよ~」
見るからに運動が苦手そうな木蔭さんと朝香さんにすら負けているので、その結果に違和感を覚えるのも無理はない。
「いや、ちょっと待って」
だが速川さんはある数字に注目した。
「確かに平均値は低いけど、長座体前屈と立ち幅跳び…この二つは五十鈴さんが学年一位だよ。柔軟性のある長い手足、体の軸も安定してる。私が見立てた通り素質あるよ!」
「そ、そう……かな……」
「でもその才能に体がついてこれてないね。五十鈴さんの素質なら、私みたいに自然にしていれば体力も筋力もつくはずなのに…不思議だな~」
そう言いながら五十鈴さんの体を値踏みする速川さん。
「……!」
速川さんに迫られ、五十鈴さんはなすすべがない。
「こら」
その時、園田くんが背後から速川さんの頭をチョップした。
「いて」
「勝手に人を分析するな。このスポーツバカ」
いつの間にか園田くんたち男子組も、計測を終えて教室に戻っていた。
「五十鈴さん、お疲れ様です」
「う、うん……」
園田くんの姿を見て安堵する五十鈴さん。
「結果はどうでした?」
そして園田くんは何気なく五十鈴さんの結果を尋ねた。
「……」
五十鈴さんは躊躇うことなく自分の測定漂を園田くんに渡そうとした。
「いや、それは人に見せたら駄目ですよ」
「そう……?」
どうやら五十鈴さんは体の数字を他人に見せることに抵抗がないようだ。
(病院生活が長かったからか、五十鈴さんが鈍感だからか…)
たまに見せる五十鈴さんの無防備な一面にドギマギする園田くん。
「園田くんは……身長、どれくらい……?」
「僕は171㎝です。高くも低くもない、平凡な背丈ですよ」
「でも……黒板の上まで手が届くの、羨ましい……」
「五十鈴さんなら、まだ伸びるかもしれませんよ」
そんな感じで園田くんと五十鈴さんは雑談を始める。
「…園田相手だと饒舌だよね、五十鈴さんって」
その様子を離れた位置から眺める、西木野さんたち女子組。
「私たちと話す時より生き生きしてるよね」
「まだまだ距離は遠いね~」
「うん…もっと仲良くなりたいね…」
星野さん、朝香さん、木蔭さんはもっと五十鈴さんと親密になりたいと思っていた。だが隠し事の多い五十鈴さんの心を開かせるのは至難だろう。
「そうだな…知り合ってそこそこ経つし、そろそろ距離を縮めにいこうか」
この五十鈴さんグループの中で最も行動力がある西木野さんは、さらに仲を深めるための作戦を考えた。