22 幼馴染が羨ましい
平日の休み時間。
五十鈴さんは遠くから、西木野さんと朝香さんのやりとりを観察していた。
「おはよー希」
「おはよ~ゆーちゃん。見て見て~」
「お、新作のポプリ?」
「嗅いでみて~」
「…うん、良い香り」
「ふふ~自信作だよ」
「それはいいとして、今日の宿題ちゃんとやってきた?」
「………」
「またか…ポプリを持ってくる日はいつもそうだよね」
「どうしよ~」
「今回は助けてあげるけど、次からは気を付けなよ」
「は~い」
「趣味に熱中するのはいいけど、この華岡学園に入学したんだから今までのままじゃダメよ」
「ごめんなさ~い、お母さん」
「誰がお母さんか!」
二人からは友達を超えたような深い信頼が感じられた。長い月日を共にしなければ、あそこまでの関係は築けないだろう。
次に五十鈴さんは遠くから、園田くんと速川さんのやりとりを観察した。
「やっほー庭人くん」
「おう」
「楓ちゃんは元気になった?」
「そろそろ包帯が取れそうだ」
「みんなでスポーツできる日は近いね」
「…もう僕らと運動する必要ないだろ。部活の助っ人とかで、十分動いてるだろ?」
「そうだけど、たまにはいつものメンバーでスポーツしたいよ」
「付き合わされる僕と涼月くんの身にもなってくれ」
「たまには一緒に遊ぼーよ~!」
「…テレビゲームでならいいぞ。妹も喜ぶだろうし」
「うーん…そっちも楽しいからそれでいっか。じゃあ今度の日曜、園田家に集合ね!」
「はいはい」
いつも敬語な園田くんでも、速川さんが相手だとタメ口になる。そのやりとりを見てしまうと、普段の礼儀正しい対応が他人行儀に思えてしまう。
「……」
二組のやり取りを見て、五十鈴さんはこう思ってしまった。
幼馴染が羨ましいと。
※
放課後の芸術室。
五十鈴さんは幼馴染の関係について、園田くんに尋ねてみた。
「幼馴染ですか…でも僕と昴の関係は、一般的な幼馴染とは違うんですよ」
「どういうこと……?」
「うちの両親と昴の両親、学生時代から仲良しなんですよ。子育ても一緒にしてたので昴は物心つく前から隣にいたんです」
園田くんは平凡を自称しているが、その家庭事情は複雑なものだ。
「しかも僕には妹がいるので、昴も兄妹みたいなものなんですよ」
「すごく仲がいいんだね……」
「仲がいいと言いますか…腐れ縁みたいなものですよ」
園田くんはうんざりしたように苦笑する。
幼馴染の話をしていると、園田くんは今まで見せたことのない表情を浮かべてくれる。それが五十鈴さんの心をモヤモヤさせていた。
「幼馴染が羨ましいなって、最近思うようになった……」
「そんなにいいものではないですよ?」
「私……幼稚園にも、小学校にも、中学校にも通えなかったから……幼馴染がいない」
「…」
暗い表情で俯く五十鈴さんを見て、園田くんは口を噤む。
(思ったより深刻な悩みみたいだ…それもそうか。五十鈴さんは病気を治すために、多くのものを犠牲にしてきたんだから)
どう声をかけるべきか園田くんは考える。
「…幼稚園や小学校に通っていても、幼馴染を作れるとは限りません。それに五十鈴さんはここで友達を作れたじゃないですか」
園田くんはこれまでの五十鈴さんの頑張りを褒めつつ励ました。
「……うん」
だが五十鈴さんに元気はない。
チャンスが訪れても必ずものにできるとは限らないが、病弱だった境遇はそのチャンスすらも得られない。その現実がどうしても五十鈴さんの気分を沈めてしまう。
(こんな時、西木野さんみたいに気の利いたセリフが言えればいいんだけど…平凡な僕にそんな能力はない)
そして園田くんは平凡な自分を情けなく思うのだった。