18 星野さん
皆さんは占いを信じていますか?
最初は誰しもが半信半疑、遊び半分で見始めるだろう。
朝のニュースや雑誌に載っている占いなどが目に留まり、本当に占い通りになるのか頭の片隅で思いながら一日を過ごす。
一般人においての占いとはその程度、言ってしまえば子供騙しでしかない。高校生や大人が本気で信じて、人生の参考にすることはない。
しかし、五十鈴さんの同じクラスにいる星野夢月は違う。
彼女は本気で占いを信じている。
いや、信じざるを得ないのだ。
何故なら彼女の占いは、100%当たる。
例えば“本日の運勢は12位、水の災難に注意しましょう”と出れば、星野さんにとってそれが全てになる。その日は予報にないにわか雨に降られ、車から水をかけられ、水道が暴発し、花壇の水やりが空から降ってくる…まさに水難の一日となってしまう。
他にも順位が低ければ、朝寝坊をしたり、道路の排水溝に足を落としたり、財布や鍵などの貴重品を失くしたり。
星野さんの運命は占いに左右されている。
だが悪い運勢の日もあれば、良い運勢の日もある。
順位が高ければ、通学路の信号機が全て青になったり、宝くじが当たったり、華岡学園の受験に合格できたり。
確かに運が良い日もあるのだが、星野さんはこの運命にずっと悩まされてきた。
(私はこんな波乱万丈な日常よりも、静かな日常を送りたいよ)
※
星野さんは身支度を整えながら、テレビで朝の運勢を確認していた。
『今日の運勢、1位は“てんびん座”のあなた』
てんびん座。
それが星野さんの星座だ。
「………」
折角の一位なのだが、星野さんの表情は険しい。
(一位は嬉しいけど、影響力が強いから油断ならないんだよね。ベストなのは五~八位くらいなんだけど…)
星野さんは占いに対する向き合い方を決めている。平凡な運勢なら平和を享受し、悪い運勢なら細心の注意を払いながら一日を乗り切る。
良い運勢の日はいいことづくめの一日になるが、内容によっては今後の人生を大きく狂わす可能性がある。こうして華岡学園の学生になったのも、その日の運勢が起因したからだ。
『運命の相手と肩がぶつかるかも!?歩きスマホは止めてちゃんと前を向いて歩きましょう。ラッキーアイテムは紙飛行機!』
占いの内容を聞いた瞬間、星野さんは顔を歪める。
(ほら…やっぱり油断ならない。なんでこれから運命の相手と出会わなきゃいけないのさ。一位はたまにとんでもない爆弾が潜んでるから嫌なんだよ)
星野さんは学校に向かうべきか悩んだ。
(いや…ぶつかるかもだから、誰ともぶつからなければいいんだ。なるべく人との距離を置いて、慎重に一日を過ごそう…)
悪い運勢の日は学校を休んで一日中引きこもるという手段があるが、そんなことで頻繁に学校を休んでいたら学生生活がままならない。回避できそうな未来なら、なるべく学校へ行くようにしている。
「よし…」
姿見鏡で制服姿をチェックし、トレードマークである星のヘアピンをつけた星野さんは玄関に向かった。
「ねーちゃん、おはよ~」
すると廊下の正面から星野さんの弟がやって来た。
「私の側に近寄るなー!!」
星野さんは全力で弟との距離を取る。
もし弟と肩がぶつかって運命の相手になってしまったら、シャレにならない。
「な、なんだよ…相変わらず意味わかんねーな」
情緒不安定な姉を気味悪がる弟。
(とにかく今日は人とぶつからないよう警戒して歩かないと…)
このように、星野さんにとって運勢とは脅威でしかなかった。
※
ラッキーアイテムは星野さんにとって必需品だ。本日のラッキーアイテムである紙飛行機を握りしめながら、慎重な足取りで学校に向かう。
「…」
通学路を歩く星野さんの前から小学生の集団が現れた。子供の行動力を侮らず、しっかり距離を取りながらすれ違う。
「…」
今度は五十代くらいのサラリーマンが現れた。
星野さんは大袈裟なアクションでサラリーマンを回避。おじさんは露骨に女子高生から距離を取られショックを受けているが、今の星野さんには他人を気にかけている余裕はない。
(大丈夫…人とぶつかるなんて、滅多にあることじゃない。慎重に歩いていれば回避できる)
この調子で星野さんは華岡学園を目指す。
その時、ポケットの中のスマホが鳴った。
(ん?)
歩を進めながら星野さんはスマホを確認した。
占いで歩きスマホには注意と出ていたが、それは条件反射に近い行為だった。スマホに目を向けたのは一瞬だけ…だが、その一瞬が命取りだ。
トン
「あ!」
「おっと」
「あ……」
よそ見をしていた星野さんは、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
(あああああああああああああああああ!なんで油断したの!?私のばか!)
星野さんは心の中で絶叫しているが、それは避けようのないことだった。スマホに気を取られた瞬間、曲がり角で偶然人が飛び込んできた。まるで定められた運命のようにタイミングが重なってしまった。
(しかも今…両肩に感触があった。まさか二人同時にぶつかったの!?運命の相手が二人なんてドロドロした三角関係、勘弁してよ…!)
恐る恐る星野さんは相手を確認した。
「すみません。えっと…同じクラスの星野さんですよね?」
「……紙飛行機」
ぶつかったのは登校中の園田くんと五十鈴さんだ。
(この人は五十鈴さん!?それと…側近の園田くんだっけ)
同じクラスなので星野さんはもちろん二人を知っているが、面識はないので巷に広まる誤った噂でしか園田くんと五十鈴さんを知らない。
(この二人が運命の相手?異性の園田くんならまだ分かるけど、五十鈴さんが相手ってどういうこと?もしかして運命の相手って男女関係じゃない?)
今までにない事態に星野さんは困惑していた。
「その…大丈夫ですか?」
「顔色、悪い……」
取り乱している星野さんを心配する園田くんと五十鈴さん。
(…どっちにしろ、ぶつかってしまったなら受け入れるしかないか)
抗えない運命に観念した星野さんは二人と向き合う。
「あの…園田くんと五十鈴さん」
「は、はい」
「……?」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
それだけ言い残して、星野さんはこの場から立ち去った。
「…」
「……」
そんな星野さんの後ろ姿を茫然と見送る園田くんと五十鈴さん。
「なんだったんでしょうね?」
「分からない……けど、これが西木野さんの言ってた偶然の引き合わせなのかな……」
「あはは、そうかもしれませんね」