15 一年のクラスメイト
ある日、五十鈴さんが僕に相談してきた。
「教室で疎外感を感じる?」
「うん……私、やっぱりクラスで浮いてる……?」
「えっと…」
何というか…浮いて当然なんだよね。
五十鈴さんは誰もが見惚れてしまうほどの美少女で、日本語を話せないお嬢様という誤解がミステリアス。そんな盛りだくさんの個性を持つ五十鈴さんは、天才が集まる華岡の中でも抜きん出ている。
「それに……みんな、私を見てコソコソ話してる……」
「…」
個性が強いから忘れがちだけど、五十鈴さんは普通の女の子だ。
自分が周囲からどう思われているのか不安に感じたりもする。しかも経験が少ない五十鈴さんだからこそ、人一倍過敏になっているはずだ。
「わかりました。僕の方で調べてみます」
五十鈴さんの不安を解消させるためにも、クラスメイトが今の五十鈴さんをどう思っているのか聞き込んでみよう。
※
そういうことで、五十鈴さんが教室にいない間に聞き込みを始めよう。まず手始めに噂好きの城井くんに尋ねてみた。
「クラスメイトが五十鈴さんを話題にしているのは間違いないよ」
前の席の城井くんは振り返って僕の相談に乗ってくれる。
「どんな話をしてるか、詳細は分からない?」
「クラス内の噂には興味ないから、詳しくは知らない」
「そっか…」
「でも五十鈴さんの趣味は?とか、五十鈴さんの好物は?とか、そんな感じだと思うよ」
つまり、単純に五十鈴さんについて気になってるだけ?だったら五十鈴さんが疎外感を感じたのはなんでだろう。
他のみんなに聞いて回りたいけど、僕はそこまでコミュ力が高くないからな……ただでさえ五十鈴さんに近しい間柄だからって心証悪いのに。
ここはコミュ力の高い西木野さんに頼ってみよう。
「西木野さん、ちょっといいですか?」
「ん~なに?」
「実はかくかくしかじかで…」
「ほうほう、五十鈴さんが不安がっていると。んじゃ適当なグループに聞いてみるか。いくよ園田」
「は、はい」
僕は西木野さんの後について行く。
相変わらず頼りになるな…
「おーい、鈴木三兄弟」
まず西木野さんが声をかけたのは、三人組の男子グループだ。
「だから!」
「兄弟じゃ!」
「ない!」
この三人は確か…鈴木一枝くん、鈴木二郎くん、鈴木三成くん。こんな名前で容姿も似ているのに兄弟ではない、苗字が偶然重なっただけの鈴木三人組だ。
「む…園田か」
「どうも…」
鈴木三人組は僕を睨む。
やっぱり良く思われてないな…
「みんなして五十鈴さんの話をしてるみたいじゃん、なに話してんの?」
そんな気まずい空気もお構いなしに西木野さんは話を始めた。
「どうやって五十鈴さんにアプローチするか話し合っていた」
「アプローチ?」
「五十鈴さんは日本語が不慣れで、最低限の日本語しか使えないだろ?」
「あー…」
本当はそんなことないんだけど…その辺りの事情を知っている西木野さんだけど、誤解は自分の力で解きたいという五十鈴さんの意思を尊重して多くは語らない。
「おまけに物騒な噂もあって、みんなコミュニケーションを諦めていたんだが………前の席の池永がロシア語入門を読んでいたのが事の発端」
一枝くんが前の席の池永くんを指差す。
「なるほど…抜け駆けか」
西木野さんがそう言うと、池永くんは慌てて振り向く。
「い、いや、せっかくだからロシア語を習得して会話してみたいな~と…だから下心とかはなくて!」
池永くんが必死で言い訳をしていた。
「…因みに五十鈴さんの最初の挨拶は、ロシア語じゃなくてノルウェー語だよ」
僕はぽつりと呟く。
「なっ!?」
これまでの努力が無駄になり涙目になる池永くん。
「まぁ…池永の努力が無駄だったとしても、どうにかコミュニケーションを取りたいわけだ。他のグループでもその話題で持ち切りだぞ」
鈴木三人組がそう話してくれた。
「野田ちゃんとこも、五十鈴さんについて話し合ってんの?」
次に西木野さんは近くにいた女子グループに声をかけた。
「そうそう、五十鈴さんとは是非とも仲良くしたいのだ」
「綺麗な人だけど、すっぴんだからお化粧とかしてみたいな~」
「気軽にちょっかい出し合う仲になりたいにゃ!」
個性豊かな女子陣営も同じ話題で盛り上がっている。
「同じクラスだし、やっぱり仲良くしたいよね」
「でも怖いお嬢様って噂が本当だったら…」
「嘘だったとしても、あのオーラに気後れしちゃうんだよね」
「親衛隊の存在も物騒だしな」
「思い切って親睦会を開いてみようか」
「いや、みんなでノルウェー語の勉強しようぜ」
「それよりもさ~…」
そして他のクラスメイトたちが話題に加わり、教室中が大盛り上がり。やっぱりみんな、五十鈴さんと仲良くなりたいんだ。
「そうだ、園田はどうやって五十鈴さんに近づいたんだ?」
「え?」
「秘訣があるんだろ、何か教えてくれ」
「うーん…」
五十鈴さんの秘密を守りつつ、隠された裏の一面を話せればいいんだけど…どう説明したものか。
ガララ
「……」
そんな教室の輪に、五十鈴さんが入ってきた。
スン…
すると教室中が一斉に静寂する。
「……!?」
賑わっていたはずの教室が急に静まり返り、五十鈴さんが狼狽えていた。
なるほど…疎外感とはこれのことか。
五十鈴さんに近づくためクラスが一致団結しているのは良いことだけど、その輪に本人が混ざれるわけがない。そんな仲間外れみたいな状況が疎外感を生み出していたんだ。
「……?」
五十鈴さんが目で訴えてくる。
きっと「やっぱり仲間外れにされてる……?」とか思ってるんだろうな。
「そんなことないですよ、五十鈴さん」
僕は咄嗟にそう言ってしまった。
「まさか園田、心を読む技を持っているのか…!?」
「え?」
「それで五十鈴との意思疎通を…」
この人は確か木条くんだっけ。
喋り方とかがちょっと中二病っぽい人だけど、心を読むなんて非現実な話はあり得ないよ。
「何それこわ…」
「マジかよ引くわ」
「距離とろ」
…と思いきや、みんな信じてる!?
「授業を始めるぞー」
そのタイミングで先生が教室に入り、話し合いはお開きとなった。
「え、ちょっと!こんなオチで終わりですか!?」
クラスメイトから五十鈴さんについての話は聞けたけど、ただでさえ悪かった僕の心証がさらに悪くなった。




