29 日ノ国さんの花器➂
五十鈴さんと日ノ国さんは屋敷の何処かへ遊びに行ってしまった。僕も付いて行こうか悩んだけど、二人だけの時間を優先して見送ることにした。
今は縁側で広大な庭を眺めながら冷たいお茶を飲んでいる。
「クーラーもないのに涼しいなぁ」
真夏のコンクリートの照り返しも、風を遮る障害もない、清涼感のある豊かな和風の庭。都会の蒸し暑い環境に比べればまさに天国と地獄だ。
こうやって静かに過ごす夏休みも良いものだ。
「…」
何だろう、妙に視線を感じる。
五十鈴さんのこともあって周囲の目に敏感なんだよね。
…あそこだな。
庭の塀に僅かだけど隙間が空いていて、そこから僕を監視しているような気配がある。誰が見ているのか心当たりはあるけど…どうしようかな。
………
取りあえず挨拶くらいはしてみよう。
※
ということで僕は思い切って、日ノ国さんの幼馴染二人組に話しかけてみた。相手は逃げるでも無視するでもなく自己紹介をしてくれた。
「高等部二年三組の大山という者だ」
「同じく二年、西森です」
大山くんは名前の通りガタイの良い男子で、西森さんは物静かな眼鏡男子。同学年らしいけど同じクラスになったことないから初めましてだ。
「日ノ国さんから聞きましたけど、僕は女子たちに危害を加えるつもりはないよ」
まずは言い訳を試みてみる。
「男女一つ屋根の下で寝泊まり…安心はできない」
大山くんから訝しむ視線を向けられる。
初対面だから信頼されなくて当然か…
「ならそんな距離を取らないで、お泊まり会に参加したらどう?」
「断られたから無理です」
次に西森くんから食い気味にそう返される。
「断ったのは監視の件でしょう。友達として一緒に遊ぶことが目的なら、日ノ国さんだって歓迎してくれるよ」
そう誘ってみたけど大山くんと西森くんは思い詰めた表情で俯く。
「我々には日ノ国さんの友達を名乗る資格はない」
「あの方は決して過去を許してくれないだろう」
…どうやら部外者の僕が関わるべきではない、複雑な事情があるみたいだ。こういう過去に拗れた関係を修繕するのは簡単じゃない。
そもそも僕がそこまでする義理はない。
「それにあの五十鈴さんが一緒にいるとは…」
「迂闊に近づけない」
おまけに二人は五十鈴さんに対して変な誤解をしてそうだ。
「監視するのは自由だけど水分補給はしよう」
僕は麦茶をコップに注いで差し出した。
よく見たら暑さ対策をほとんどしていないじゃないか。涼しいといっても晴天の夏空の下で、日陰でもない場所にいたら熱中症になってしまう。
「…ありがとう」
「…いただく」
大山くんと西森くんはあっという間に麦茶を飲み干した。
…後で事情を聞いてみようかな。この二人に対して義理はないけど、五十鈴さんの大切な友達である日ノ国さんの問題ならどうにかしてあげたい。