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19 筒紙さん②




 筒紙さんとの関係はすぐ進展したりはしなかった。通常授業の時も休憩の時も五十鈴さんグループには混ざらず、すれ違った時に軽く挨拶をする程度。


 関わり合いがあるのは選択授業の時だけだ。


「デッサンに画力は必要ありません」


 筒紙さんは二人の前でデッサンを披露してくれた。

 本日の初心者用モチーフはワイン瓶だ。


「画力が必要ない?」


「描くのに……?」


 園田くんと五十鈴さんは大人しく筒紙さんのデッサンを見物する。


「構図を決めて寸法を量り、光の角度と質感を確認。そして適切な場面で最適な鉛筆を使い分けること。デッサンというのは手順通り丁寧に仕事をこなせれば小学生にだって上手く描ける」


 そう解説しながら恐ろしいスピードで鉛筆を走らせていた。


「デッサンを正確に仕上げられる人は、仕事においても信頼される。だから美大の入学試験でデッサンを必須科目にしているの」


「なるほど…」


「勉強になる……」


 園田くんと五十鈴さんが感心している間に、筒紙さんはケント紙にワイン瓶の下書き描き終えた。まだ完成していないが凄まじい手際の良さだ。


「こう言ったらなんですけど、担当教師よりも上手ですね」


 園田くんは黒板に貼られている先生の見本の絵と筒紙さんの絵を見比べる。


「私が見るに、先生の知識と技量はそこそこよ」


「天才を集める華岡の講師なのにそこそこですか…」


「華岡学園の校長は教員に天才性は求めていないみたい。一般的な常識と基礎だけを生徒に教えて、後は自由に成長してくれってことじゃない?」


「ああ、天才は勝手に成長するってことですね」


 天才児は自由にさせるのが一番。

 それが華岡学園の教育理念なのだろう。


「二人も絵を描いてみて、また後で見せ合いましょう」


「わかりました」


「うん……」


 三人は真面目に授業に取り組むのだった。





 別の日。

 筒紙さんは途中経過の二人の絵を見に来てくれた。


「園田くんは慎重派ね」


 まず園田くんの絵を評価する。


「真面目で実直、間違った道に進むことを意識して避けられる。他人から信頼されるタイプでしょう」


「そ、そうですかね」


「ただ描く手が遅いのと、ここぞというところで薄い鉛筆を選んでる。かなりの心配性ね?」


「ぎく」


 園田くんは虚を突かれて動揺してしまう。

 友達から信頼されているかどうかはともかく、五十鈴さんに関わることで杞憂してしまう自覚があるからだ。


「五十鈴さんの絵も素晴らしい」


 次に評価するのは五十鈴さんの絵だ。


「見かけによらず大胆…配置と構図も考えられてて、見る人を楽しませようという気構えが感じられる」


「……」


「ただ手が早すぎて所々の描き込みが足りていない。どこか急いでいるような…焦って絵を完成させようとしています?」


「う……」


 五十鈴さんも痛いところを突かれていた。

 友達のみんなと楽しい学生生活を送りたいと思う反面、入院で失った時間を取り戻そうといつも焦っている。それがデッサンに現れたのだろう。


「すごいですね…絵を見ただけで性格や感情まで見透かすなんて」


 園田くんは飛び抜けた筒紙さんの天才性に関心した。


「筒紙さんの絵も見てみましょうか」


「うん、見たい……」


 そして次は二人が筒紙さんの絵を判定する番だ。


「…と言っても上手い以外の感想が出てきませんね」


「すごい……」


 筒紙さんのデッサンは素人の目から見たら100点満点、他に言うことは何もなかった。


「…」


「…」


 それでも園田くんと五十鈴さんはつい考えてしまう。筒紙さんが一人で抱えている“未完成の絵画を見つける”という悩みを、会話の流れで上手く引き出せないか。


「どうかしたの?」


 神妙な面持ちで絵を見つめる二人を筒紙さんは不可解に思った。


「あ、いえ…」


「なんでもない……」


 結局、聞きたいことは聞けず仕舞いだった。


 まだまだ距離感のある関係ではあるが、このメンバーだけで集まる選択授業は三人にとって特別な一時になっていた。

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