13 消された願い
担任の先生に進路調査書を見せてもらえないかと交渉したら、クラスの雰囲気改善のためならとあっさり僕らに預けてくれた。
「このことは秘密にしておいてくれ」
条件として守秘義務を負うことになったけど当然の判断だ。同級生に自分の進路を晒されるのは、人によって嫌だろうから。
そして次の日の放課後、再び芸術室に集まって調査書と向き合った。
「それでは始めますか」
「なんだか悪いことしてるみたい……」
「手段はアレですけど、クラスをまとめるためです」
「そうだね……」
取りあえず僕が男子、五十鈴さんが女子の進路調査を確認することにした。
「じゃあ失礼して…中身を拝見しましょう」
「うん……!」
※
流石は華岡の天才というべきか、九割の生徒は明確な進路を定めていた。そして何というか…やはり今の状況になるのも頷ける個性の生徒ばかりだった。
陶芸家、書道家、彫刻家などの芸術家。イラストレーター、ウェブデザインなどのIT系。弓道、フェンシング、スケートなどのソロスポーツ関連。
団体行動ではなく一人で黙々と仕事をするような職業ばかり。そりゃこんな人種で集まれば、誰も喋らないクラスになる。
「園田くん、これ……」
「はい?」
五十鈴さんは一枚の調査書を見せてくれた。
「えっと…筒紙撫子さん。進路はデザイナーとアーティストですね」
「デザイナーとアーティストって……?」
「前に杉咲先生が言ってたんですけど、依頼されたものを作るのがデザイナーで、個人で創作する人をアーティストと呼ぶんです」
つまり筒紙さんは何らかの芸術家の天才ということだ。僕らなんかよりもずっと、芸術室と美術部がお似合いの人だ。
「……」
五十鈴さんは鉛筆を取り出して、第三希望の空白を黒く塗り潰した。
“未完成の絵画を見つける”
すると文字が現れた。
「やっぱり……書いて消した文字があったんだ」
いくら鉛筆で書いたものを消しても跡が残る。その上に鉛筆で黒く塗りつぶすと、消し跡が白い文字となって浮かび上がるんだ。
「そういえば僕の手紙にも同じことしてましたね」
「うん、気になっちゃう……」
「まるで探偵ですね」
「えへへ……」
五十鈴さんは嬉しそうだ。
はい、可愛い。
「それにしても“未完成の絵画を見つける”ってどういうことですかね?」
「うーん……」
五十鈴さんは顎に手を当てて考える。
「この学校の何処かに未完成の絵があって、それを探してるんだと思う……」
「未完成の絵ですか…いかにもここにありそうな代物ですね」
僕は芸術室の奥深くを覗き込んでみる。
正直、未開の奥地は埃まみれだから近づきたくない。
「これって話題にできるかな……」
「それはやめた方がいいですね」
「どうして……?」
「だって進路希望調査に書いて消した内容ですよ。それを僕たちが知ってるなんて、向こうは不審に思うでしょう」
「……そうかも」
間違ってもこの情報を会話のネタにしてはいけない。もしかしたら相手にだって、おいそれと他人に話せない事情があるのかも。
「この部屋にあるかな、かきかけの作品……」
「どうでしょうねぇ」
たまたま近くにあった小さな絵画を手に取る。
完成された素晴らしい作品に見えるのは素人の目だからであって、天才の目から見たら未完成なのかもしれない。
「名前は裏に“ユキ”と書いてあります」
「誰だろう……」
「さぁ…でも筒紙さんが探している絵画は、この芸術室に隠されているかもしれません」
「整理する時は意識して探してみよう……!」
五十鈴さんは探す気満々だけど、この部屋の整理整頓は終わりのない作業。仮に探し出したとしても渡すシチュエーションを作るのも一苦労だ。
とにかく筒紙さんの事情は置いておいて、色々な収穫を得ることができた。この情報は今月の学校行事である球技大会で使えるぞ。




