4 日ノ国さん
日ノ国家とは日本の作法礼法の教育に熱心な家系だ。日本の伝統や歴史などを子供から大人まで、著名人から外国人にまで指導している。
その娘である日ノ国竜胆も幼いころから礼儀作法を叩きこまれていた。
仕草や言葉遣いは静かで丁寧。愛想笑いのようなみっともない表情は出さず、常に凛々しくて気品のある表情を張り付けている。日本人形のような整った容姿も相まって、ただ立っているだけでも風流を思わせる。
やや重苦しい家庭事情を背負っているように見えるが、彼女は文句もなければ不自由もしていなかった。両親からはちゃんと愛されていて、学校にも話せる生徒は必ずいる。趣味の生け花にも遣り甲斐を感じていて充実した毎日を送っていた。
しかし、彼女は中学生生活の中で憧れを抱くようになった。
同じクラスで楽しそうに談笑するグループ。
みんなは朝も昼も放課後もずっと一緒。
休みの日は集まって遊びに出かけている。
日ノ国さんはそんな交友関係が羨ましかった。
学校に話せる生徒が必ずいるといっても、それは両親が親戚に頼んで用意してくれた関係に過ぎない。相手は身分の違いを弁えているので主従関係のような距離があった。
求めているのは普通の友達関係。
だがそれは日ノ国さんにとって何よりも難しい目標だ。
華岡に入学しても理想の友達作りは困難を極めた。
ほぼ護衛として用意された同級生、通学に用意される黒い車、板についてしまった堅苦しい礼儀作法…あらゆる要素が日ノ国さんの邪魔をする。いつの間にかヤクザのお嬢様という誤解まで生まれてしまった。
進学してようやく護衛の同級生とクラスが離れても、始まったのは知り合いも話しかけてくれる人もいない孤立した学生生活。
この状況でどうすればいいのか日ノ国さんは分からなかった。
※
二年生生活が始まって数日後。
日ノ国さんの孤独な毎日は続いていた。
登校の際にクラスが離れた護衛たちが様子を伺いに来るが、間違っても彼らに協力を頼もうとはしなかった。そんなことをしたら過去に縛られたまま一歩も前に進めない。
それに今の環境にまったく光明がないわけではない。
可能性なら手の届く距離にある。
「小テストどうでした?」
「この問題、解けなかった……」
「私も解けていない」
何処にでも居そうな男子の園田くん。
自分と同様、奇妙な噂を耳にする五十鈴さん。
親戚の集まりでよく顔を合わせる出雲さん。
この鬱屈としたクラスで唯一存在する小さなグループだ。しかも席が近いので、話に加わることも不可能ではない。
「…」
しかし、それが出来たら学校生活で苦労はしない。
他人の輪に入ることがどれだけ大変なことか、学生を経験した人なら嫌というほど理解できるはずだ。世渡りに慣れていても、個性的な才能を持っていても、所詮はただの学生なのだ。
様々な学問や作法を教え込まれた日ノ国さん。どうして友達の作り方を学べなかったのか、今になって疑問に思うのだった。
今年はずっとこのままなのか…そんな絶望の未来を想像してしまう。
「日ノ国さん……テスト100点だね」
すると隣の五十鈴さんに声をかけられた。
「ここの漢字、なんて読むのかな……?」
話題はなんて事のない小テストの回答についてだ。
それなら返事に迷うことはない。
「…それは蛍雪と呼んで、苦労して学問に励むという意味だ。蛍雪の功ということわざもある」
「なるほど……」
「おお~すごいですね」
「ふむ…」
それは本当に些細なやりとりだった。
後に日ノ国さんは学ぶことになる。
普通の学生同士の間で生まれる交友関係は、こういった些細なやりとりを繰り返すことから始まるのだと。




