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8 友達がいる教室




 五十鈴さんの朝はとても早い。

 いつも朝礼が始まる一時間前くらいには自分の席に着いている。早く来てもやることがないので、読書をしたり勉強の予習をしたりで時間を潰していた。


 どうして用もないのに早く学校に来るのか…それは長い間、学校生活に憧れていた五十鈴さんの本能がそうさせるのだ。





「おはよー五十鈴さん」


 五十鈴さんの次に早く教室に入ってきたのは西木野さんだ。もう変な誤解はしていないので、親し気に朝の挨拶をしてくる。


「……おはよ」


 五十鈴さんはがんばって挨拶を返す。

 だが西木野さんは眉をひそめた。


「10点」


「!?」


「もっと教室中に響く声で挨拶しないと、誤解は解けないよ~」


「う……」


 不甲斐なく呻く五十鈴さん。

 クラスメイトのみんなは、まだ五十鈴さんが日本語を話せないと誤解している。自分の力で誤解を解くには、もっと大きな声ではきはきと喋らなければならない。


「おはようございます」


 次に園田くんが教室に入り、五十鈴さんたちに挨拶をする。


「はよ~」


「おはよう……」


 西木野さんと五十鈴さんは挨拶を返す。

 その時、西木野さんは気付いた。


「25点…私より園田くんに挨拶する方が元気いいね」


「!?」


「やっぱり信頼の差か~」


 西木野さんはわざとらしく悲しむ。

 その演技に騙され五十鈴さんはあたふたしていた。


「信頼というか、関わった期間の差ですよ」


 そんな演技には騙されず、冷静に言葉を返す園田くん。


「気になったんだけど、五十鈴さんと園田くんっていつ知り合ったの?」


「えっと…今年の二月頃からですね」


「嘘!?もっと長いと思ってた…」


 西木野さんはかなり驚いていた。

 二人の信頼関係は数日どころではない、長い月日を重ねていても不思議ではないと思わせるほどだったからだ。


「しかも二月って中途半端な時期ね……何処でどんな出会いをしたの?」


「えっと…」


 どう説明すべきか園田くんは悩む。

 五十鈴さんは体が弱いことや、入院生活が長いことを園田くん以外には秘密にしたかった。どこにでもいる普通の学生、それが五十鈴さんの目指す学校生活だ。


「…二人だけの秘密ってやつ?」


 何かを察した西木野さんは、目を細めて二人を見つめる。


「そんな大層なものじゃないですよ」


「ふ~ん…」


 まだまだ謎の多い五十鈴さんだが、西木野さんは急かしてあれこれ聞くつもりはない。人との距離とは地道に縮めていくものだ。


「おはよう」


 すると今度は城井くんが現れた。

 五十鈴さんほど早くはないが、園田くんたち三人は部活に所属していないので早めに教室に到着する。


「園田くん、なかなか重大な噂を手に入れたよ」


 挨拶をするや、いきなり噂話を始める城井くん。


「へぇ、どんな噂?」


「ついに親衛隊が結成されたんだって」


「…」


 園田くんはやはり出来てしまったか…と険しい顔を浮かべる。五十鈴さんのための親衛隊、五十鈴親衛隊がついに誕生してしまった。


「構成員はもう百人を超えてるらしい」


「そんなに…?」


「登校するとさ、校舎を見上げると窓から美少女が拝めるんだよ。その姿はまるで深窓の令嬢、見た生徒はみんな心を奪われて忠誠を誓ってるよ」


「…」


 園田くんは窓から下を覗いてみる。

 登校中の生徒たちが、窓際の席に座る五十鈴さんに見惚れて大きな人だかりを作っていた。


(みんながそうなる気持ちは分かるけどね…)


 自分も同じように五十鈴さんと出会ったので、園田くんは見惚れる生徒たちに共感できてしまう。


「大学部での人気が凄くてね、外敵にはすごい警戒してるんだ」


「外敵?」


「無謀にも下駄箱に手紙を仕込んだ生徒がいたらしい。その手紙は親衛隊が処分して、送り主は闇に葬られたとか」


「…」


 その噂の信憑性は怪しいが、五十鈴親衛隊はかなり過激な組織のようだ。安全面は強化されたかもしれないが、その組織のせいで気軽に話しかけてくる生徒も激減するだろう。


 そして親衛隊は間違いなく、いつも五十鈴さんの隣にいる園田くんにも目を付けているはずだ。


「僕もいつか消されるのかな…」


「それは大丈夫。園田くんは従者として認められてるから」


「…それは喜んでいいのかな?」


 複雑な心境の園田くん。

 西木野さんは他人事のように笑っている。


「あはは、確かに不思議としっくりくるよね。五十鈴お嬢様に付き添う従者園田くん」


「嬉しいような悲しいような……でも消されるよりはマシかも」


 園田くんはいろいろ割り切ることにした。五十鈴さんの側にいられるのならば、従者でも下僕でも召使いでもなんでもいい。


「?」


 そんな話題に五十鈴さんはついて行けてない。親衛隊に深窓の令嬢と、自分には関係なさそうな単語ばかり出てきて置いてけぼりだ。


「……」


 それでも五十鈴さんは堪らなく嬉しかった。


 朝礼が始まる前、クラスメイトと他愛もない雑談で時間を浪費する…それは五十鈴さんが病室の中でずっと夢見てきた一時だからだ。

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