109 ノートの考察
吐いた息が白くなる12月。
もうすぐ冬休みが訪れて終わればあっという間に進学だ。色々あったから期待と不安は大きいけど、今は残された時間を有意義に使おう。
「よう、園田」
「おはよう……」
一人で通学路を歩いていると、背後から西木野さんと五十鈴さんに声をかけられた。登校中に出くわすのは珍しいな。
「そういや園田は知ってるんだよな、例のノートのこと」
「ノート?」
「五十鈴さんのやりたいことノートだよ」
「…」
どうして西木野さんがノートのことを…と一瞬だけ疑問に思ったけど、別におかしな展開ではない。むしろ遅すぎるくらいだ。
「知ってましたよ」
「ふーん…」
西木野さんは何か言いたげだ。
どうせ茶化そうとしたんだろうけど、とにかくノートのことを打ち明けられて良かった。
「頼もしい味方ができましたね、五十鈴さん」
「うん……」
無表情の五十鈴さんから嬉しそうな気持が伝わってくる。
「園田はいつからノートのこと、五十鈴さんから聞いたの?」
すると西木野さんが過去を深堀りしてきた。
別に隠すようなことでもないか。
「えっとですね…」
「秘密!」
そしたら五十鈴さんが強引に話を切り上げた。
大きい声を出すなんて珍しい。
「おっと、少し踏み込みすぎたね。ごめんごめん」
こうなるとあっさり引き下がってくれるのが西木野さんのいいところだ。でも…なんで五十鈴さんは僕と出会った経緯を秘密にしたがるんだろう。
「……」
最初の頃の五十鈴さんはすごく純粋で、大体の気持ちを察することが出来た。でも最近は何を考えているのか分からない部分が増えた気がする。
学校生活を得て心が成長したってことかな。
※
五十鈴さんグループは放課後、教室に残って会議を開いていた。
議題はもちろんノートについてだ。
「それじゃあ五十鈴さん、改めてノートを見せてもらっていいかな?」
「……」
五十鈴さんは緊張しながらノートを西木野さんに手渡す。
「ふむふむ、簡単なのばかりだね」
「なんだか…内容に共感できる…」
「どれも楽しそうだね~」
星野さん、木蔭さん、朝香さんが背後からノートを覗いている。
「あれ?このノート、なんで後半のページだけホチキスで止めてんの?」
すると西木野さんがノートの違和感に気付く。確かに後半のページはホチキスで袋とじみたいに閉じられているみたいだ。
「前半をクリアできたら、解いていいって……」
「誰がそんなことを?」
「秘密……」
アメ先輩については秘密にしてるんだ。
うーん…五十鈴さんの秘密の基準が分からないぞ。
出会った経緯や芸術室でのやりとり、そして美術部を立ち上げたことは秘密にしたいみたいだ。確かにバレたら僕は恥ずかしいけど、それは五十鈴さんも同じなのかな?
「じゃあ後半は置いておいて、注目すべきは前半ね」
それならばと西木野さんはノートのページを戻す。
「難易度が低くて安心したよ。宇宙に行きたいとか、ネッシーに会いたいとか書いてあったらどうしようかと思った」
一通り書かれているやりたいことを確認して西木野さんは苦笑する。
「これならその気になればすぐ終わらせられるんじゃない?」
星野さんは楽観的にノートを見ているようだけど…でもそれじゃあダメだ。
「ただ達成すればいい…そんな単純な話じゃないよね…?」
すると木蔭さんが僕の言いたいことを代弁してくれた。
「五十鈴さんは一つ一つのやりたいことで、素敵な思い出を作りたいんでしょ…?短くなった学生生活で悔いを残さないために…」
「……」
五十鈴さんは力強く頷く。
「そ、そうか…ごめん」
失言に気付いた星野さんは慌てて謝罪した。
ノートについて難しく考えすぎないことも大事だけど、妥協や後悔は一切許されない。それだけノートに対する五十鈴さんの意思は強い。
「じゃあ五十鈴さんは、私たちとどんなことをしたいの~?」
ちょっと悪くなった空気の中でも、朝香さんはいつだって呑気だ。
「そうね…二年になってクラスが別れたら、今のメンバーで集まるのは難しくなるでしょう」
西木野さんが分かりやすく言い直してくれる。
「だから今、ここに集まるみんなとしたいことを選んでみて」
「このメンバーで……やりたいこと」
五十鈴さんはみんなを見回してからノートに目を落とす。一年生で友達になれた、このメンバーだからこその最適なやりたいこと…それはきっとあるはずだ。
「…ということで、そろそろ帰ろうか」
話がまとまったところで西木野さんが手を叩く。
気付いたらもう日が暮れていた。
「まで時間は残ってるから、家でゆっくり考えな」
「う、うん……ありがとう」
五十鈴さんは悩みながらやりたいことノートを閉じた。
焦って今すぐ答えを出す必要はないからね。後でどんなお誘いがくるか、期待しながら待つとしよう。




