108 五十鈴さんの一年生生活 ㋨
学園祭が終わり、数日が経過。
あれから五十鈴さんのクラスの雰囲気はかなり変わった。
「五十鈴さん、おはよ~」
「おはよ~」
「おはようございます」
五十鈴さんが教室に入ると、クラスのみんなが挨拶をしてくれるようになった。
「……」
五十鈴さんは律儀に一人一人へ頭を下げて挨拶を返している。
「いい感じじゃん、五十鈴さん」
「誤解が解けて良かったですよ」
その様子を西木野さんと園田くんは嬉しそうに眺めていた。
「誤解か…私も初めて五十鈴さんを見た時、高圧的なお嬢様だと思い込んでたな」
「僕も五十鈴さんを見た第一印象は同じですよ」
この二人ですら初対面は勘違いから始まっている。第一印象だけで相手を判断することの無意味さを、五十鈴さんから学ぶことができた。
「……」
クラスメイトとの挨拶を終えた五十鈴さんはようやく自分の席に着いた。
「おはよう五十鈴さん」
「おはようございます」
「おはよう……」
二人が相手なら五十鈴さんは声に出して挨拶ができる。
「うちら三人、何だかんだずっと一緒だったよな」
急に西木野さんは今までの学校生活を振り返り始めた。
「学園祭も大成功だったし、クラス委員として悔いはないよ」
「何だかんだやり遂げられましたね」
「大変だったけど、楽しかった……」
クラス委員の仕事も残りわずか。
五十鈴さんのやりたいことノートに書いてある“委員会に入る。”は、達成してからチェックを入れると決めていた。悔いのない働きをしたので家に帰ったらチェックを入れるだろう。
「いろいろあったけど、楽しかったよね」
「うん…まさか影の薄い私がこんな楽しい学校生活を送れるなんて…」
「五十鈴さんと同じクラスになれて良かったね~」
すると星野さん、木蔭さん、朝香さんがいつの間にか集まっている。五十鈴さんグループは意図しなくても集まれるほど絆が深まっていた。
「でもこの学校、クラス替えがあるんだよね…」
そう呟いて木蔭さんは寂し気に窓の外を見上げた。
「せっかく居心地のいいクラスになったのに、なんでバラバラにするのかな」
星野さんはラッキーアイテムの竹とんぼを回しながら、クラス替えのシステムに悪態をつく。
「新しい環境に慣れるよう、適応力を鍛える行事でもあるからねー」
いつも冷静な西木野さんから大人らしい意見を貰う。
「仕方ないですけど…残念ですよね」
そして園田くんにとってもクラス替えは好ましくないイベントだ。その理由は無論、五十鈴さんと離れ離れになってしまうからだ。
「……」
五十鈴さんは神妙な面持ちだ。
前に園田くんや西木野さんがいないクラスを想像して嫌な気持ちになったが、二年生に進級するとそれが現実のものになるかもしれない。
「そんな深刻に考えなくてもいいじゃない。この中の誰かしらと同じクラスになれるかもだし、新しい友達が増えるチャンスだと思えばいいのよ」
不安がるみんなに向けて西木野さんは微笑みかける。
「そうそう、なんとかなるよ~」
そう言いながら朝香さんは勝手に五十鈴さんの腕に香水を振りかけた。
「新作のポプリ、どうかな?」
「あ、こら希。学校で香水使ったらダメでしょ」
「香水じゃないよ、消臭だよ」
「屁理屈こねてもダメなものはダメ」
「え~」
西木野さんと朝香さんの微笑ましいやり取りで暗い空気が少し和んだ。
「……」
花の香りで五十鈴さんも落ち着きを取り戻す。そしてまだ見えない未来よりも、今を大事にしたいと思えるようになった。
※
放課後。
「……」
五十鈴さんはずっと考えていた。
最初の学園生活は出だしこそトラブルは起きたが、仲のいい友達と出会えて、様々な学校行事を堪能して大満足の結果で終わらせることが出来た。さらにやりたいことノートに二十以上もチェックを入れられた。
退院したての五十鈴さんの一年生生活は百点満点を付けてもいい。
「……」
だが五十鈴さんにはまだ心残りがある。
それは友達に隠し事をしていることだ。
「急に寒くなったね~」
朝香さんは鞄に荷物を詰め、セーターを羽織り帰宅の準備を進める。
「冬は寒いから苦手…」
木蔭さんは寒そうに手を擦っている。
「私は夏より冬の方が好きだなぁ」
星野さんは誰も居ない教室で竹とんぼを飛ばしている。
「園田は男共と先に帰ったから、私たちはまた寄り道でもしようか」
既に帰り支度を終えている西木野さんがみんなに呼びかけた。
「……」
やりたいことノートを秘密にしている理由は三つある。
一つは入院していたことがバレるからだが、西木野さんたちはもう五十鈴さんの境遇を知っている。そして二つ目は自分の勝手な目標で友達を振り回したくないからである。
最後の三つ目だが…それは単純な羞恥心だ。
「あの……」
それでも五十鈴さんは鞄から勢いよくノートを取り出す。
「実はみんなに見せたいものがあるの……」
そしてずっと隠していたやりたいことノートを四人に公開した。
今までの五十鈴さんは友達に引っ張ってもらうばかりだった。だが残り少ない学校生活で悔いを残さないためにも、学校生活終盤はもっと自発的になろうと決心したのだ。
11 委員会に入る。×




