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7 放課後の過ごし方




 職員室にプリントを届けた後、僕らは教室の掃除を始めた。この学校では週に一度だけ掃除が行われるけど、なるべく綺麗な教室を保ちたいよね。


 それはいいとして…やったぞ。

 西木野さんが五十鈴さんの本性を見抜いてくれた。


「それじゃあ日本語は普通に使えるんだ」


 五十鈴さんは頷いている。


「周りの視線で緊張しちゃって上手く話せないんだ」


 頷いている。


「いいとこのお嬢様って噂は…?」


 慌てて首を横に振っている。


 掃除をしながら、五十鈴さんは西木野さんから質問攻めを受けていた。まだ僕以外の相手だと緊張してしまうらしく言葉は発していない。


「なるほどね~」


 大方の事情を理解した西木野さんは苦笑する。


「それにしても、面白いくらいに踏んだり蹴ったりな学校生活の幕開けね」


 まったくその通りだ。

 記念すべき登校初日から体調不良で欠席。登校してみれば全校生徒から注目され緊張に襲われる。おまけに個性を出そうとしたら言葉が通じないと勘違いされた。


 泣きっ面に蜂どころじゃないぞ。


「う……」


 五十鈴さんはしょんぼりしながら雑巾で窓を拭いている。


「そんな落ち込まなくていいじゃん、これからこれから」


 落ち込む五十鈴さんを励ます西木野さん。


「見た目が綺麗で中身はこんなに一生懸命なんだから、向かうところ敵なしでしょ。五十鈴さんが頑張ればきっと上手くいくって」


 …やっぱり西木野さんの加勢は頼もしいな。

 僕は背中を押すような応援が苦手だ。それに五十鈴さんの長所である容姿を異性の僕が褒めると、なんか気まずくなりそうだし。


「……!」


 励まされた五十鈴さんは拳を握ってやる気を見せている。


「お、その意気だ。五十鈴さんってなかなか愛嬌のある性格してるね」


 誤解が邪魔をしなければ、五十鈴さんが穏やかな性格であることは見て取れる。表情は真顔のままだけど、なんか仕草とか挙動とかが子供みたいで純真なんだよね。


「園田くん」


 そうこう話していると、いきなり背後から名前を呼ばれた。


「城井くん?いつの間に…」


「噂を探して歩き回ってたら、ここに辿り着いた」


 噂好きの城井くん。

 こうやって地道に噂を集めているのか…


「もしかして五十鈴さんのこと、聞いてた?」


「うん。そもそも二人の会話は前の席からでも聞こえてたから、大体の事情は知ってたよ」


「そうだったんだ…よく五十鈴さんの小さい声が聞き取れたね」


「耳には自信がある」


 ドヤ顔で自慢している城井くんだが、盗み聞きは褒められた趣味じゃないぞ。


「変な噂とか広めるなよ~」


 西木野さんは箒を突き立てて城井くんに警告する。噂に振り回されて誤解した被害者だから、すごい警戒してるぞ。


「僕は噂を広めない聞き専だよ。それに秘密は自分だけ知っている方が優越感に浸れる」


「なんでもいいけど、盗み聞きした罰として掃除手伝いなさい」


「…了解」


 逆らうことなく城井くんは塵取りを手に取る。


 僕、五十鈴さん、西木野さん、城井くん。

 教室窓際の隅で集まった四人は、五十鈴さんの事情を共有する集まりとなった。





「城井くん。五十鈴さんの噂ってけっこう校内で広まってる?」


 箒で床を掃きながら、城井くんが集めた五十鈴さんについての噂を聞いてみた。


「うん、今ホットな噂はほとんど五十鈴さんについてだし」


「やっぱりそうなんだ…」


「五十鈴さんの美貌は学校中に広まるレベルだからね。同じクラスになれたってだけでも自慢できるよ」


 たったの数日で五十鈴さんはもう、この学校で知らない者がいないほどの有名人になっていた。


「ただ五十鈴さんに関する誤った情報まで一緒に広まっているんだ」


「というと…?」


「超絶美少女の五十鈴さんはプライドの高い冷徹なお嬢様で、日本語を話せないからずっと無口。迂闊に近づくと護衛や親衛隊に消されてしまい、園田くんは五十鈴さんにこき使われる従者なんだとか」


「僕…従者なんだ」


 なんかもう無茶苦茶だな。

 五十鈴さんの魅力なら学校中の人気者になれる可能性だってあるのに、そんな誤解が広まったら外からのアプローチが期待できなくなる。


「下らない噂話ばかり集めて…もっと面白い噂はないの?」


 すると話を聞いていた西木野さんが口を挟む。


「…他だと、華岡学園の敷地内にあるコンビニで中華まんが半額になってたよ」


 地味な噂も集めてるんだな。


「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、教卓を拭いていた五十鈴さんがすごい勢いで顔を上げる。何か言いたげな目で僕を見ているけど…


 …そういえば、五十鈴さんのやりたいことノートに“放課後、友達と寄り道する”って書いてあったっけ。


「五十鈴さん、帰りにコンビニ寄ってみましょうか」


「え、でも……寄り道……いいの……?」


「校則によると華岡の敷地内ならいいらしいですよ」


 華岡の敷地内にはコンビニ、雑貨店、本屋など外部の一般人でも利用できる店が揃っている。寄り道は原則として禁止だけど、敷地内ならオッケーとされている。


「放課後の自由時間は、部活に所属してない生徒の特権だぞ。好きなことしていいんだよ」


 さらに西木野さんが付け加える。


「うーん……でも、緊張する……」


「緊張?たかがコンビニで大袈裟な」


「コンビニ……行ったことないから……」


「………」


 西木野さんと城井くんは驚愕していた。

 高校生にもなって、コンビニを利用したことがないなんて普通はありえないよね。


「え、なに?もしかして五十鈴さんって箱入り娘ってやつ?」


 西木野さんが小声で僕に尋ねてくる。


「似たようなものですよ」


 五十鈴さんはずっと病院生活だったから、学校生活どころか日常生活ですら未体験なことが多い。


「へぇ…これは面白くなりそうね。じゃあ行こうか!」


「僕も行く」


 まだ行くと決めてないのに、西木野さんと城井くんは手を挙げて同行を希望する。きっとコンビニで五十鈴さんがどんな反応をするか見てみたいのだろう。


 世間知らずの箱入り五十鈴さん。

 この個性も五十鈴さんの魅力の一つだと思う。


「みんなが一緒なら大丈夫ですよ、五十鈴さん。行ってみましょう」


「……うんっ」


 掃除が終わったら、四人でコンビニに寄り道することになった。

 これで五十鈴さんのやりたいことが一つ達成され、明日からは友達に囲まれる日常が待っている。五十鈴さんも頑張ったし、今日は良いことずくめの一日だ。

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