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6 西木野さん




 西木野優子(にしきのゆうこ)は園田くんと親しく話していたが、彼女は誰にだって同じように接してくれる。面倒見がいいので、クラスでは頼れる女子代表として周囲から信頼されていた。


 五十鈴蘭子ともクラスメイトとして差別なく接するつもりだったのだが…言葉が通じないのだから仕方がない。


 いくら西木野さんでもクラスメイト一人のために言語を習得するのは無茶なので、五十鈴さんとのコミュニケーションは諦めるしかなかった。


 しかし、五十鈴さんは全校生徒が注目する美少女。

 噂話は嫌でも西木野さんの耳に入ってくる。


 五十鈴蘭子は冷徹なお嬢様で、園田庭人を下僕のようにこき使っていると。





 放課後、西木野さんは黒板掃除をしていた。まだ委員会も決まっていないので、細々とした雑務は彼女が率先して引き受けている。


 それに西木野さんは、頼られるのが好きだった。


「うーんっ」


 西木野さんは背伸びをして黒板の上を掃除しようとするが、手は届いていない。


(もうちょっと伸びないかな、身長)


 高校生らしい悩みを抱く西木野さん。


「西木野さん、僕が手伝いますよ」


 そこで加勢してくれるのが園田くんだ。

 男子の身長なら黒板の上まで手が届く。


「悪いね園田くん」


「いえいえ、お互い様ですよ」


 西木野さんの中での園田くんの評価はかなり高い。


(園田くんは良い奴だ。席が後ろだからよく話すんだけど、その辺の男子と違ってがさつじゃないし細かいところで気配りができる。ちょっと気が弱くて遠慮がちなのが欠点かな)


 そこでふと西木野さんは、例の噂が気になった。


「…ねぇ園田くん」


「なんです?」


「もしかして園田くんって、五十鈴さんに弱みとか握られてる?」


 西木野さんは思い切って園田くんに噂の真偽を尋ねてみた。


「え?別にそんなことはないですけど…」


「じゃあなんで五十鈴さんを気にかけてるの?やっぱり可愛いから?」


「うーん…」


 園田くんは困ったように唸る。


(やっぱり弱みでも握られてるのかな。園田くんは良い奴だし、私の後ろの席で陰湿なことが起きてるなら見過ごしたくない)


 西木野さんは真面目かつ正義感が強いようだ。もし身近な場所でいじめが行われているなら、放ってはおけない。


「…気が向いたらでもいいので、五十鈴さんを観察してみてください」


 すると園田くんから妙な答えが返ってくる。


「え?」


「西木野さんなら気付くと思うんです。五十鈴さんが何を考えているのか」


「…」


 西木野さんは背後を振り返る。

 放課後なのに五十鈴さんはまだ帰宅していない。西木野さんと目が合うと、慌てて逸らされてしまった。


(もしかして、ずっと私を見てた?)





 後日…西木野さんは園田くんの言われた通り、五十鈴さんを観察していた。


 といっても西木野さんはそれなりに五十鈴さんを見てきたつもりだ。席が後ろということもあってあまり細かい観察は出来ないが、何度か園田くんと五十鈴さんの絡みを目撃している。


(…どう見てもお嬢様と従者の関係なんだよな)


 高貴な五十鈴さんと平凡な園田くん。

 そんな二人を傍から見たら、主従関係があるようにしか見えなかった。


(それに五十鈴さん、いっつも無表情だから感情が読み取れないんだよね。気分が悪いの?怒ってるの?退屈してるの?)


 人を見る目に自信があった西木野さんだが、五十鈴さんの胸の内は読めない。


「西木野さん。悪いんだけど、このプリントを職員室に届けてくれない?先生これから打ち合わせがあるから」


 一人で悶々としていると、担任の先生から仕事を任された。


「はーい」


 西木野さんは喜んで雑務を引き受ける。

 だが教卓の上に積まれているプリントの量は、一人で持ち運ぶには多すぎる。時刻は放課後なので手伝ってくれるクラスメイトもいない。


「僕も手伝いますよ」


 そこで協力を申し出てくれたのが園田くんだ。

 後ろの席である園田くんは、西木野さんが雑務で忙しくしている姿を何度も目撃している。こうなることが分かっていたから放課後まで残っていた。


「お、悪いね園田くん」


「この量を女の子一人で運ぶのは大変ですからね」


 席も近いので二人はそれなりに仲良しだ。


「……」


 そして何故か五十鈴さんも、放課後なのに残っている。


(…なんか最近、やたらと背後から五十鈴さんの鋭い視線を感じるんだよね。もしかして園田くんと仲良くしてるのが気に入らないとか?やっぱり関わったらヤバイ系の女王様なのかな)


 いじめだったら許さないと息巻いていたが、もし人気者の五十鈴さんを敵に回したら厄介だ。その人気度を駆使したら、西木野さんはあっという間に校内で孤立してしまう。


「う…重い」


 園田くんは多めにプリントを持とうとするが、全てのプリントを運ぶには二人でも往復が必要そうだ。


「……」


 その時、五十鈴さんが立ち上がりこちらに近づいてきた。その動きを察知した西木野さんは息を呑む。


(ついにこっち来た…!まさか園田くんをこき使った私へ制裁!?)


 どんな仕打ちを受けるのか、西木野さんは戦々恐々としていた。




「私も……手伝う」




 五十鈴さんは日本語でそう喋った。


「…へぇ?」


 予想外すぎる言葉に、西木野さんはすっとんきょうな声を漏らす。


「じゃあ少しお願いします」


 放心している西木野さんを横目に、園田くんは五十鈴さんにプリントの山を差し出す。


「……!」


「持ちすぎ!持ちすぎです五十鈴さん!」


 しかし五十鈴さん、信じられないほど力が弱い。


(………)


 そのやりとりを見ていた西木野さんは、自分がとんでもない勘違いをしているのではないかと思い当たる。


「…五十鈴さん」


 西木野さんは前評判を捨てさり、初対面のクラスメイトとして五十鈴さんと向き合った。


「このあと教室の掃除をしようと思うんだけど、手伝ってくれる?」


 もし噂通りのお嬢様なら、掃除なんて雑用はプライドが許さない。だがもし自分が誤解をしていたのなら…西木野さんは賭けに出た。


「……!」


 五十鈴さんは勢いよく頷く。

 その瞳はやる気に燃えていた。


「………プフッ!」


 堪らず吹き出す西木野さん。


(なにこの子、普通に良い子じゃん)


 それと同時に理解した。目の前にいるこの少女は高圧的なお嬢様ではなく、ただの引っ込み思案な女の子であることを。


(思い返してみれば背後から視線を感じる時って、先生から仕事を押し付けられている時だ)


 五十鈴さんはずっと、園田くんのように西木野さんの手伝いをするタイミングを伺っていただけだった。


(人を見る目には自信があったんだけど…節穴だったな)


 評判と偏見だけで相手を量り、関わったら危険な人物だと思い込んで距離を置く。それはもういじめに等しい行為だ。

 西木野さんは自分の非を認め反省した。


「西木野さん、大丈夫ですか?」


 一人で吹き出したり落ち込んだりしている西木野さんを心配する園田くん。


「ああ…それより園田くんも掃除を手伝ってね」


「もちろんいいですよ」


 園田くんは初めから手伝う気満々だった。


「私も黒板の上、手が届かない……だから園田くんの力が必要……」


 そんな五十鈴さんの流暢な日本語を聞いて、西木野さんはあることを思い出す。


「あれ?日本語喋れんじゃん」


「あ……」


「なんで嘘ついた、このこの~」


 プリントを抱えたまま五十鈴さんの脇を肘で突っつく西木野さん。


「わわ……」


「重いもの持ってるから危ないですよ!」


 こうして放課後のお手伝いで集まった三人は、人知れず打ち解けるのだった。

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