最初の出会い □
二月のまだ肌寒い時期、妹が交通事故に遭って入院した。
怪我の方は幸いにも大事には至らず、妹は病院に隔離されていても元気いっぱいだ。
「はいよ、お見舞いのアンポンマングミ」
「待ってました!今度こそ開封タイムアタック世界記録を目指すぞ~」
「どんな競技だよ…」
この通りである。
兄として寂しがっている妹の見舞いに行くのは構わないんだけど、僕は今年から高校生。それも通うのは名門校である華岡学園だ。
この僕、園田庭人が目指すのは平穏な学生生活だ。
外見、性格、能力も特質すべきところはなし。そんな平凡な僕が名門校に入学できたことは嬉しいけど、期待よりも不安な気持ちの方が大きい。平穏な学生生活を送れるようしっかり準備しなければ。
「そうだお兄ちゃん。この病室は窓から中庭が見えるんだよ」
「へぇ~」
「それでね、前にすっごい綺麗な女の子が見えたんだ!」
「女の子?」
「うん!絵に描いたような美少女!」
病院に入院する病弱美少女か…どこかの物語に登場するヒロインみたいだな。
「ふーん……じゃ、もう帰るぞ」
「…中庭に行くの?」
「行かないよ」
そんな美少女が実在したとしても、僕みたいなモブじゃどうしたって関わり合えない。会話をすることさえおこがましいというもの。
………
でも、一目見てみたいかも。
ちょっと中庭を覗いてみるか。
※
妹の言う通り、病院の一階には広い庭スペースが設けられていた。
緑の草木は造花ではなく本物のようだ。白い噴水に白いベンチ、石畳の装飾もしっかりしていて、どこかの貴族がもつ庭みたいな雰囲気だ。たまに聞こえる鳥の鳴き声は……録音した音がリピートで流れてるだけか。
「外に出れない患者からしたら嬉しいスペースだな」
僕は適当に庭を散歩してみる。
美少女は………いない。
そろそろ夕食の時間だし、患者はもう病室に戻ってるのかな。
コツン
「いて」
頭に何かぶつかってきた。
全然痛くないけど、なんだろう?
「紙飛行機…?」
それはメモ帳で作られた紙飛行機だった。
何処から飛んできたんだ?
辺りを見回すが、中庭には僕しかいない。
ってことは病室からか?
「…」
病棟を見上げると、壁に並ぶ窓の一つから一人の女の子が顔を覗かせていた。
その少女は、一目で妹の話していた美少女だと分かった。
透き通るような白い肌、夕日に煌めく薄い金色の髪、綺麗に輝く碧眼………あの少女を美少女と呼ばずに誰を美少女と呼ぶ。
すごい、本当に実在したんだな。
「……!」
そんな儚げな美少女だが、何故か慌てた様子だ。腕でバッテンを作り僕に向けてジェスチャーを送っている。
何がダメなんだ?
僕は何も気付かず拾った紙飛行機を開いた。
…お世辞にも上手とは言えないクマの絵が描いてあった。
「……!」
窓の少女は顔を赤くして、手で顔を覆っている。もしかしてこれを見て欲しくなかったのか?だとしたら悪いことしちゃったな…
「…」
僕は近くのベンチを台にして紙に文字を書き込み、再び紙飛行機に戻した。
「さて…」
目標地点は三階にある彼女の病室。ここは病棟に囲まれた中庭だからほとんど風は流れていない。僕のコントロールが正確なら真っ直ぐ飛んでくれるはず。
「よっ」
僕は少女のいる病室の窓に向かって紙飛行機を飛ばした。
「!」
少女は飛んでくる飛行機にあたふたしつつも、両手を広げてパシッとキャッチしてくれた。
我ながら良いコントロールだ。
別に大したことは書いていない。「ごめんなさい、クマ可愛いですね」と謝罪しつつクマの落書きを評価しただけだ。
「……」
紙飛行機を開いた少女は呆気に取られていた。
さて、帰ろう。
これ以上ここに居座っていても気味悪がられるだけだろうし、少しでもあの美少女と文通できただけでも僕は幸せ者だ。
これが、少女との最初の出会いだった。