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私の代わりに生きてと言われた

作者: 小鳥ミコ

 

「私の代わりに生きて」


 公爵令嬢は、みすぼらしい平民にそう言った。


「これは仕事よ。報酬は支払う。代わりに、これから貴方には貴方としての人生を捨ててもらう」


 私はただの貧しい平民だ。

 その日暮らしの、明日生きているかも怪しい人間だ。

 私が公爵令嬢の代わりとして生きるのなら、衣食住は確保出来る。断る理由なんてない。

 強いて気になるなら。


 ―――何故、そんな事をするのか。


 それだけだ。


「何故、と今思ってるのでしょうね。そうね、教えてあげる。少し長くなるけどいいかしら?」


 惹き込まれる美しい笑顔で、令嬢は言った。

 私は、頷いた。


「何から話そうかしら。

 (わたくし)、公爵令嬢なの。でも、そんなに権力がないのよ。何故って?代々無能な領主として過ごしてきたからよ。それだけの話」


 それはおかしい。私は、公爵家直轄の領地で生活していたが、公爵家は無能と言われていなかった。


「あら、領民にとって良い領主じゃないと家を存続できなかったから、演じていただけよ。うちは、商売とか、投資とか、そんなのに無縁な家で、領主の仕事しかしていなかった。だから、無能なの。

 税収だけが我が家を支える資金。領民を味方につけないとやってらんないわ。でもどうせなら、商人や貴族を味方につけたかった。

 だって、平民は自分の生活が良ければ、それで満足するんだもの。ちっとも、我が家のために動いてくれない。

 今の公爵家は権力を持っていないの。

 代々立ち回りが下手で、代を重ねる毎に馬鹿にされてきたわ。家格は高いわよ、もちろん。でも大切なのは人脈と資金よ。

 私の代ではもう、下級貴族より下に見られるようになっているわ。腹立たしい。


 だから、私、周りのヤツら全員、見返してやろうとしたの」


 儚げな容姿を持ちながら、獣のように鋭い視線。

 それだけの想いが、彼女にはあった。


「私は美しかった。人をあっと言わせられる美貌があった。その美貌を生かすため、たくさん勉強したわ。

 踊り子よりも華麗に舞い、学者よりも富んだ知識を持ち、誰かに見下されることの無い高貴な振る舞いを、この身体に刻んだわ。

 最初は良かったわ。皆憎々しげに私を見ていた。

 下に見ていたヤツが、自分より上だと認めるのを悔しがったのよ。最高の気分だったわ」


 令嬢は、両頬に手を添え、恍惚とした。


「でも、でも、全て覆された」


 令嬢は一変して、机を殴りつけた。

 その反動で、少しはふらつく。

 彼女は、身体が余り、丈夫でないのだろう。


 それを自覚しているからか、己の身体を見て、使えない、と呟いた。


「そう、分かる?私の体は弱々し過ぎる。

 それを分かっていながら、私は私の身体を酷使しすぎた。

 そして、病気になったの。

 私の命は、後、数年よ。悪くて1年、良くて3年」


 感情を排したその表情は、淡々としていた。

 しかし、私は、その表情から、怒りを見出さずにはいられなかった。


「私が死んだら、ヤツらは喜ぶでしょうね。

 そんな許せない。

 私自身の言動、影響、それでヤツらの気分を僅かでも良くしてやりたくない!!」


 彼女は、涙を流した。


「私は、生きたい!」


 叫んで。


「生きてっ―――」


 憎んで。


「生きてっ―――」


 呪って。


「一生、アイツらを悔しがらせたい」


 笑った。


「でも、私は死んでしまう。それは変えようのない事実よ。

 それが、腹立たしくて、憎くて、泣けてきて。

 毎日地獄だったわ。でも、希望はあったの」


 令嬢は、ゆっくりと私に近ずき、私の頬に優しく触れ、うっとりと私を見た。


「ああ、何て、私と似ているのかしらっ」


 狂気すら感じるその笑みに、私はどう対応すればいいかわからなかった。


「私は、貴方に私として生きて欲しい。私を演じ、世間を騙して欲しい。そのための能力は、私が生きている限り、あなたに教え続けましょう。さあ、どうか、この仕事を引き受けて」


 私は貧しい平民。

 この仕事は、私にとって、好条件。


 それでも悩んでしまうのは、あらゆる人を騙すことに、恐ろしさを感じるから。


 この手を握った瞬間、私の心に平穏は訪れないだろう、その確信があった。


 でも、私は彼女の手を取った。

 それは、彼女の懇願してくる様子が、まるで、小さな子供のように感じたからかもしれない。



 ◆ ◆ ◆



 私のとりあえずの立場は、侍女だった。


 お嬢様の話し相手という名目で、二人っきりになれるから。


 お嬢様が最初に私に教えた事は、化粧だった。


 私がいくらお嬢様と似ていると言っても、些細な違いは多い。より完璧にお嬢様となるには、化粧は必須条件だった。


 私は、あらゆる知識を与えられた。

 地頭が良くないから、理解するのに時間はかかったが、お嬢様は根気強く私にものを教えた。


 私が復習する時間、お嬢様は社交界の情報を紙にまとめていた。私に読ませるためであり、自分が死んだ時、情報を残すためだ。


 私はよく、お嬢様の代わりに両親との夕食の場に出た。

 両親を騙せれば、大概の人間は騙せるという事だからだ。

 いわゆる、テスト、というものだ。

 お嬢様の両親は、お嬢様の復讐を知っている。

 当然私の役割も知っている。

 しかし止めない。

 余命僅かな娘の願いを叶えるために。


 私の生活はほとんど勉強だった。

 息が詰まるような生活ではあったが、下町ぐらしより余程、体には良かった。

 時折、本当にお嬢様の話し相手となることがあった。


 お嬢様は、自分の思考を知ってもらい、より自分になってもらうためだと言った。

 私は、お嬢様がただ、喋りたいだけではと思ったが、それは言わないことにした。


 お嬢様が恥ずかしがって、このお話の時間が無くなるのが嫌だったからだ。


 私には、家族と言える人がいたことは無い。


 だから、家族が欲しいと零したことがある。


 それを聞いたお嬢様はこう言った。


「貴方はいずれ、世間的に私ということになる。でも、私の父と母を自分の両親だとは思わないで」


 酷いなぁ、と思った。

 でも不思議と腹は立たなかった。

 私にとって、お嬢様の両親は、お嬢様の両親でしか無かったからだ。

 それよりも私は、お嬢様の方を家族のように感じていた。


 私と似た容姿の女の子、妹みたい、と思ったこともある。

 先の言葉すら、両親を独り占めしたい、子供の可愛い我儘のように感じた。

 感じただけで、実際お嬢様の両親は私の両親では無いので、お嬢様が正しいのだが。


 お嬢様と過ごす日々は、奇跡のようにおだやかだった。幸せだった。


 しかし、お嬢様は死んだ。


 私と出会って、2年と半年だった。

 

 お嬢様は自分が生きているということにしたがっていた。

 だから、墓を作ることは許されなかった。


 墓に参る代わりに、私はお嬢様の部屋で毎日祈りを捧げた。


 可愛らしくて、苛烈で、優しくて、誇り高きお嬢様。

 私は、あなたの事が大好きでした。

 ご命令通り、お嬢様の願いを叶えます。

 しかし、ふと、頭に過ってしまうのです。


 あなたの墓に祈りを捧げたいと。


 それは叶わぬ夢。


 私は社交界で生きて、社交界で骨を埋める。お嬢様の代わりに。



  ◆ ◆ ◆



『社交界の歴史』より抜粋


  社交界は高貴なるもの達が織り成す美しく、華麗で、恐ろしい世界だ。

 社交界でいつの間にか消えていく人間は多い。

 しかし時折、鮮烈な印象を与えながら、社交界を生き抜く人間もいる。


 それが、シャーリー・ファルコであった。


 彼女は、絶世の美女とも言われたが、注目すべきはその高い教養であった。

 あらゆる分野に精通し、大きな存在感を残し続けた。


 落ちぶれた公爵家を立て直すため、尽力したのも彼女だった。

 今日、ファルコ公爵家は強い権力を握っている。

 それは、シャーリー無しでは、得られなかったものかもしれない。


 また、シャーリーは多くの男を虜にした。


 しかし、誰とも結ばれることはなく、生涯を終えた。


 彼女の心に誰がいたのかは、分からない。


 シャーリーは92歳という、当時では考えられないほど長生きをした。


 最後に、シャーリーが晩年語った言葉を紹介しよう。




 ―――私は、(シャーリー)らしく生きた。そのことに後悔はないわ。
















 ◆ 第2案 名もなき平民の望み ◆






『社交界の歴史』より抜粋


 社交界は高貴なる者たちが織りなす美しく、華麗で、恐ろしい世界だ。

 社交界でいつの間にか消えていく人間は多い。

 しかし時折、鮮烈な印象を与えながら、社交界を生き抜く人間もいる。


 それが、シャーリー・ファルコであった。


 彼女は、落ちぶれた公爵家の一人娘だった。

 代を重ねる毎に力を失っていく公爵家の令嬢は嘲笑の的であった。


 しかし彼女は、己の才覚、美貌、誇り高き心で、公爵家を建て直した。


 だが、彼女が本書に語られるほどに注目の的になれたのは、それだけが理由ではない。


 シャーリー・ファルコが晩年に残した言葉、それこそが、世間を魅了させた理由だった。


 ―――わたくしは名も無き平民です。シャーリーお嬢様ではございません。


 ―――いつわたくしが、お嬢様になったかは語らぬことにしましょう。どうぞ、勝手にご想像下さい。


 ―――みんなを騙して、どんな気持ちかって?滑稽でした。自然と笑みが浮かぶほど。


 ―――わたくしを愛した皆さんへ、わたくしは、貴方達が嫌いです。それを、知っておいて下さい。


 ―――最後に一つだけ。


 ―――本物のお嬢様は、わたくしより余程狂気的で。美しくて。何より素晴らしいお方でした。


 この言葉が真実かは未だに分かっていない。


 本人がこう言っているのだから、真実だという声もある。

 しかし、証拠は無い。

 いつ入れ替わったかもわからない。

 多くに愛されたシャーリー・ファルコが、最後にちょっとした遊び心を発揮したと言われる程だ。


 こう言われる所以は、シャーリーが完璧な貴族であったからだ。


 平民が、真似できるものでは無い。


 出来たとしたら、それは、きっと狂気だ。


 私は、入れ替わりは真実であると信じている。


 その方が、魅力的だからだ。


 名も無き平民の狂気の舞台劇。


 その気にさせたのは、誰よりも美しい公爵令嬢。


 シャーリー・ファルコは謎に包まれた女だ。


 だからこそ、世間は彼女を魅力的に感じる。


 騙されたという悔しさすら、超えて。


 ああ、そうだ、何故彼女が全てを最後にばらしたのか、よく問題提起される。


 それについても私なりの答えを用意した。


 彼女は、私たち世間を嫌いだと言っていた。

 きっとこの入れ替わりは、世間への復讐だ。

 この暴露こそ、最後の仕掛けだったのだ。

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