野生のエロ本を求めて
社会に出て七年。順風満帆とまではいかないが、仕事もプライベートも当たり障りなくまあまあ上手くはやっている。ただ、最近になって思う。
何かが足りない。
足りてない物は薄々感づいてはいる。それはロマンとかときめき的な奴だが、具体的には分からない。
「一体俺は何を求めてるんだ・・・?」
今日も微妙なモヤモヤを抱えながら俺はハンドルを握り、気晴らしのドライブをしていた。
窓の外の風景は街から郊外に移りつつあり、空は夕刻のオレンジから漆黒の夜に変わろうとしている。
「ん?」
俺は進行方向上の道路脇に何かを見つける。
それは茂みに隠れるようにして建つ小屋だ。
周囲を畑に囲まれているため、ただの農機具小屋に見えないこともないが、壁に貼られた「本・DVDあります。」という大きな看板が農機具小屋などではないことを主張している。
これはネットの台頭によって絶滅寸前と言われているエロ本自販機だ。
「そうだ。これだ!」
通り過ぎる自販機小屋を目で追っていた俺の中で何かが開花する。
今の俺に足りない物がわかった。それは、エロ本である。それもネットやそういうお店で手に入る養殖されたエロ本ではなく、道端などに自生する野生のエロ本だ。俺に必要なのは野生のエロ本がかもし出す独特なロマンとときめきだ。
そうと決まれば話は早い。
俺は車をUターンさせると、アクセルを踏み帰路に就いた。
帰宅してジャージに着替えた俺はナップサックを背負い、懐中電灯を片手に自宅の近辺を歩いていた。
このウォーキングスタイルなら怪しまれずに野生のエロ本を探すことが出来る。
「この近辺なら大体あの辺りかな・・・」
エロ本の生息域に当たりをつけた俺はある場所へ向かった。
「・・・あー、こりゃダメだな・・・」
目の前に張り巡らされたフェンスを前に俺は立ち尽くした。
フェンスの奥には多数の大型トラックが駐車されている。ここは運送会社の駐車場だ。
十年ほど前まではフェンスなどなく駐車場には自由に入ることが出来、さらにその片隅にはドライバーが捨てたと思われるゴミが山積みになっており、そこにたくさんのエロ本が生息していたのだが、今では駐車場内には真新しいアスファルトが敷かれ空き缶一つ落ちていない清潔さが保たれている。
「これも時代の変化というやつか・・・」
そう呟きながら俺は少しばかりの寂しさを胸に感じた。
「どうするか・・・この神社があるけど・・・いや、違うな。」
神社という定番スポットを思い浮かべたが、そこでエロ本を目撃したことがないことに気づきすぐに否定する。
「・・・あそこならあるかも」
そして、一つの結論にたどり着いた俺は駐車場を後にした。
「あとあるとすればここだな・・・」
俺は駐車場から歩いて約二十分の所にある川の河川敷にいた。
そこはほどよい広さと所々に草むらもあり、さらに幹線道路の橋も近くエロ本が生息するには絶好の環境と言えるだろう。
しかし・・・
「ない・・・」
数十分ほど歩きまわってはいるものの、一向にそれらしい物が見つからない。
「絶滅したか・・・」
確実に居そうなのに全く居ない。そんな状況に絶滅を確信した俺は落胆した。
「おーい。」
「・・・!?」
突然、背後から声を掛けられ驚いて振り返る。
「兄ちゃん、こんなとこで何してんだ?」
そこには所々をガムテープで補強した服を着たみすぼらしい中年男性が立っていた。
これは野生のオッサンだ。
「どうした?探し物か?」
オッサンはなおも気さくに話しかける。
「え、ええ、ちょっとエロ本を探しまして・・・」
上手い誤魔化し方が見つからなかったため、俺は包み隠さず話した。
「エロ本?」
オッサンは怪訝そうな顔をし、続けた。
「兄ちゃん、俺と違って金持ってんだろ?わざわざこんなとこに来なくても店で買えんだろ。」
そして、真っ当なことを言い放つ。
「まあ、確かにそうなんですが・・・ほら、落ちてるエロ本って独特の魅力があるじゃないですか。俺はそう言うのを求めてるんですよ。」
力説する俺だが、正直自分でも何を言ってるんだと思う。
「確かにわからんでもねぇけど・・・だからってわざわざ探しに来るか?」
オッサンの顔は完全に呆れていた。
「まあ・・・」
自分自身のバカさ加減に言葉を失う。
「・・・ま、ここであったのも何かの縁だ。この間、拾ったやつをやろう。」
「え・・・あ、いや、それは遠慮しときます。」
呆れ顔から笑顔に切り替えたオッサンは申し出るが、俺は丁寧に断った。
「なんで?エロ本探してんだろ?」
再びオッサンは怪訝な顔をする。
「こういうのは自分で見つけなければ意味がないので」
自分に呆れつつも拘りはまだ残っている。元は野生だとしても人から貰うエロ本は所詮、飼い慣らされたものだ。
「そうかい?兄ちゃん、あんたホント変な奴だな。」
「自分でもそう思います。」
頭を掻きながら俺は苦笑いをした。
「さて、じゃあ俺は帰って寝るから・・・兄ちゃんもあんまりこの辺りをうろついてると警察に目をつけられるぞ。」
オッサンはそう警告すると橋の下の暗がりに消えていった。
「・・・帰るか。」
そう呟くと俺は踵を返し帰路に就く。
野生のオッサンとのエンカウントに調子が狂ってしまったようだ。
しかし、オッサンは拾ったエロ本を俺に渡そうとした。つまり、まだ野生のエロ本は絶滅していないということだ。
俺は心に新たなわくわくが芽生えるのを感じながら、登り切った堤防から真っ暗な川を見下ろした。