19 時祭りの交渉
ダッタザートギルド長会の面々が、魔法使いギルドのロビーに勢揃いしていた。店番の手伝いに入っていたコズエは、扉を閉めて臨時休業の札を出し、待合のテーブルに茶とサツキの菓子を出して場を整える。
彼らの表情からは、出陣前の兵士のような気合いと意気込みが見えた。彼らに囲まれたアキラの「助けてくれ」という視線に「無理です」と微笑んで返したコズエは、カウンターの奥でひっそりと控えて聞き耳を立てる。
「時祭りの、年越の儀式を任せたい」
商業ギルド長のコリンが単刀直入に申し出た。それは何だと怪訝そうに眉を動かしたアキラに、彼は終わりの日の祭りだと簡単に説明する。
古い一年が無事に終わりを迎えたことへの感謝と、新しい一年への喜びを奉納する祭りは何処の街でも行われているが、その様式は地域によって異なっている。
ダッタザートでは毎年大広場に舞台を設置し、そこで魔術師らによる魔術と祈りの儀式が行われている。空に昇ってゆく魔術の光に、街の人たちが祈る景色は、とても幻想的で神秘的なのだそうだ。
「いつもはアレ・テタルに魔術師の派遣を依頼するのだが、これがずいぶんと高額でね」
「だが今年はアキラ殿が街にいる。魔術の腕も十分だし、なにより見栄えがいい」
「街の人々から、今年はアキラの儀式が見たいという要望がたくさん寄せられていてな」
「領主様からもぜひにとお声があったのだ、断るわけにもゆかんだろう」
職人ギルド長のユリエルに農業ギルド長のハリソンまでが詰め寄って、アキラに応と言わせようとする。彼らの後ろで控えめに座っていた医薬師ギルド長のセドリックまでが、やんわりととどめを刺す。
「これはギルド長会議の決定だ。アキラも魔法使いギルド長なのだから、断ることはできないよ」
「……私はその会議に出席していないように思うのですが?」
「緊急招集されたのよ。あなたにも知らせたけれど、欠席したじゃない」
欠席は白紙委任だとヴィオラが妖艶に微笑んだ。
「それで、コズエにも依頼があるのだけれど」
「え、私ですか?」
アキラの手前、ポーカーフェイスを保って、しかし内心ではニヤニヤしながら聞いていたコズエは、突然向けられた矛先に驚いて跳ねるように姿勢を正した。
「わたくし、毎年舞台の演出を担当しているのだけど、今年は特別な趣向を考えているの。それにはコズエの魔石を使った装飾や衣装が必要なのよ」
はじめてアキラが会合に出席したときに身につけていたあの飾りだと言われ、魔石をちりばめたエクステのことかと納得した。
「夜空に浮かぶ魔術の光りは幻想的だけれど、今年は魔術師も含めた儀式全体を格調高く見栄えのするものにしたくて」
そのためにはコズエの協力が必要なのだと、ヴィオラは彼女の手を取る。
「私、ヴィオラさんに期待されるような実績はありませんよ」
正直なところ、コズエはヴィオラの勧誘に疑いを抱いていた。自分は有名な服飾家でもないし、舞台衣装のような服を作った経験も無い。露天市で髪飾りや小物やアレンジした古着を売っているが、あくまでも日常使用が前提の物ばかりだ。その程度の職人に、お祭りのメインイベントの衣装を任せようなんて話しが美味すぎる。
「……あなたには正直に話したほうが良さそうね」
声を潜めたヴィオラは、コズエの耳元で囁くように言った。
「アキラを舞台に上げるには、あなたが関わっているほうが抵抗が少ないと思うのよ」
なるほど、仲間が関わる仕事の成功のためにと言えば、アキラも断りづらいだろう。
「それに彼、わたくしや針子たちに採寸されるのを嫌がりそうだし、仮縫いにも苦労するのは目に見えているわ」
「でも私がその仕事を担当すれば、アキラさんは逃げずに協力する、ということですね」
針子としての腕は期待していないとハッキリ言われたわけだが、コズエとしては何も知らされずに持ちあげられるより、こちらのほうがずっといい。
「ちなみに、ヴィオラさんが衣装をお願いする工房はどちらですか?」
「オルトワード工房よ」
街では三番手の服飾工房だが、趣味の良い貴族や金持ちが顧客についている手堅い職人の店だ。彼らのデザインと技術をこの目で見れるのなら、とコズエはヴィオラの手を強く握り返した。
「ぜひ、協力させてくださいっ」
満面の笑顔で握手を交わす二人を見て、アキラは絶望したとでもいうように目を閉じたのだった。