17 露天市の日常 サツキ
コズエの花飾りが女性に人気ならば、サツキの菓子は女性はもちろん、子どもや甘党の男性に人気があった。
特に一個一ダルから購入できる焼き菓子は子どもらに大人気だ。角ウサギの魔石で手に入れた銅片を握りしめて、週に一度の出店日に朝一番でやってくる子も多い。
「どれにしようかなあ」
「わたし、赤い実のがいい」
「おれはこの色んなのがはいってるヤツ!」
一口で食べきってしまえる小さな菓子を、子どもたちは宝物のように持って少しずつ味わっている。
「へぇ、珍しい物があるな。黒餡のどらやきを五つ頼む」
甘党の常連冒険者は、市場の散策ついでに偶然立ち寄ったふうに足を止め、決してわざわざ買いに来たのではないと主張するような態度で購入してゆく。
「ありがとうございます。新作の甘芋とレギルのパイ包みの試食を一つ入れておきますね」
強面の常連客の微笑ましい芝居に気づかぬふりで、サツキは新作の宣伝もかかさない。彼は試食品を食べた後は、必ず買いに戻ってくる。強面の男たちは甘い菓子を買うのが恥ずかしいのか、誰も彼も小芝居とともに買い物をしてゆくが、彼らのようなまとめ買いの顧客がいるからこそ、子どもたちへ安価な菓子提供ができるのである。
今日の菓子は、黒餡のどら焼と芋餡の揚げ饅頭、そして新作の甘芋とレギルのパイ包みだ。
「サツキ姉ちゃん」
冒険者見習いの常連少年が、決意のこもった顔でサツキに声をかける。
「いらっしゃい。今日はどのクッキーにする?」
黒髪の少年は、木の実のキャラメリゼかジャムクッキーのどちらかを買う。
だがこの日の少年は、握りしめた拳を突き出して「どら焼、くれ!」と誇らしげに注文した。
少年の手に握られていた巾着には、銅片がきっかり五十枚入っていた。
どら焼は一つ五十ダル。
彼は大人たちが美味しそうに食べているどら焼きを手に入れるために、角ウサギの魔石五十個分を貯めたのだ。
「はい、どうぞ」
サツキはどら焼きをシクの葉で包み、甘芋とレギルのパイ包みの試食用を添えて少年に手渡した。
「このパイは新作なの。どら焼きを買ってくれたみなさんに試してもらっているのよ。良かったら感想を聞かせてね」
「は、はいっ!」
どら焼きと甘芋レギルパイ包みを、両手で受け取った少年の頬が赤く染まっていた。
他の見習い仲間らの「いいなあ」とうらやむ声に、少年は「お前らも頑張って角ウサギ狩って魔石を貯めればいいだろ」と檄を飛ばしている。
厳しい冒険者見習いたちの生活に、甘い菓子が支えであり目標になっているのは間違いなかった。