怖い人
「ヤバい、昨日殺しとかなかったから全滅してる!」
「抹殺するべきだった…。」
気持ちよく晴れ渡る秋の日の休日、朝一番……、なんだか物騒な会話が聞こえてきたぞ!
「あいつ殺しとけばハーレムになってたのに、やっぱりAルートのぶっ殺しは必要だったんだ!!」
「全員焼き払ってみる?」
「ちょっと!!君たち、朝っぱらから怖すぎるんですけど!」
恐ろしい発言にビビりつつ、おにぎりをにぎにぎしながら、テーブルに目を向ける。
今日はみんなで近所の山にハイキングに行こうという話になっておりましてですね!
なんだ、こののほほんとしたあったかファミリー臭をぶっ潰す実に殺伐とした会話は!
……ムム、娘と息子の手にあるのは、携帯ゲーム機!
出かける直前だというのに何を悠長に遊び呆けているんだ!
敷物のひとつや帽子のひとつやくらい準備せんかい!
握り終えた五合分のおにぎりをリュックに詰めつつ、朝もはよから怒り心頭……、うーん。
最近のゲームは、こんな幼気な子供たちに物騒な発言をさせるほどに荒廃しているというのですか。
なんという教育上宜しくないことか!!人の命を軽視している、殺戮者を増やしかねないではないか!
どこのメーカだ、こんな末恐ろしいゲームを作ったのは!!
……と、言いたいところでは、あるが。
かくいう自分も、幼気な頃にゲームの中でアイスソードを奪うため、仲間をぶっ殺した記憶があったりして……。
役に立たない仲間キャラを殺してパーティーから離脱させるとかさ、ラスボスをいかに徹底的にボコるとかさ、まあ、身に覚えがありすぎてですね。
……うーん、そんな物騒なもんはやっちゃダメとか言えないパターンだな。
そもそも私は、自分の思った事は言うけれど、子供の選んだものを取り上げたり否定したり排除するタイプではないのだ。
さて、どうしたもんか。
「違うんだって!すごい悪いやつがいてさあ、そいつのせいで主人公が!ちょー騙された、なにこいつ!」
「仲間が消えたんだよ。」
主人公や仲間を思うあまりの発言ですか、ふうむなるほど。
そうだなあ、ゲームのシナリオにそういう物語を組み込んでいるのであれば、致し方ない事か。
……そもそも、ゲームの中の出来事に対してああだこうだと目くじら立てるのもなあ。
人物が消えてこその物語なんてわんさかあるんだし。
突き詰めて考えれば、悪い奴をやっつけるヒーローだって悪に見えてきてしまうわけで。
今は自宅だからまあいいけど、一般人があふれる中でこのような会話をしたらやばい気がする。いや、確実にマズイ。
なんだこいつはと思われる可能性が高く、場合によっては正義感丸出しのマイルールに則り間違った人を正すことに命をかけてる人に見つかって激しく罵倒されかねない。…注意くらいはするか。
「あのね、そういう物騒な会話は、ここだけにとどめておきなさいよ。外の世界ではね、ほんと気を付けないと、どこからどう話が広がっておかしな展開になっていつの間にやら悪の親玉に担ぎ上げられるかわかんないんだからさあ……。」
そう、この世はホントいいかげんにできている。
ちょっと気になるワードを聞いた誰かが、大げさにそのことを吹聴して、いつの間にやら噂が噂を呼び、気がついたころには一ミリの事実が世界規模の陰謀論にまでなってたりしてですね。
またそういうのを利用した、怪しげなまじない効果みたいなのも実に巧妙に紛れ込んで、世間を賑わせることになるとかさあ…。
「ないない!!お母さんは大げさなんだって!!」
「ゲームだから大丈夫。」
「そういう気の緩みが大事故につながるんだってば!」
世間の恐ろしさを知らぬ若者たちの無鉄砲が恐ろしい。
「いくらゲームとはいえ、尊い命を摘むという罪深い行為について考えてみたらどうだね。」
良い機会だ、命の尊さを説く材料として、説教をかましてみようか。
「バーチャルじゃん、命摘んでないじゃん!そんな事言うなら、お母さんなんか蟻とかめっちゃ殺してるじゃん!アリは小さくても生命体じゃん!それを殲滅させたお母さんの方がどう考えても悪じゃん!」
ムム、なんか形勢不利の予感……、いや、ここで負けるわけには!
「いや、あれは害虫としてさあ!なんだ、じゃあ君はフレンチトーストに蟻が集っててもそれを「うんうん生命活動には食料が必要だもんね、どんどんお食べなさい」とか言えるわけ!!そんなことしてたらあっと言う間に庭に蟻塚が構築されて数兆匹の肉食蟻がアンタに集って美味しくいただかれて一巻の終わりだよ!!!」
「なに言ってんの!もう、お母さんはすぐにごまかす!そんなんあるわけないじゃん!ウケる!」
大ウケしている娘の横で……マズイ、虫嫌いの息子の顔色が!
「蟻はずいぶん、怖い……。」
遊んでいたゲーム機をパタリと置いて、机を見つめる、息子っ!
「おにぎりできたー?車用意できたよ!荷物積んでねー!」
「はーい♪」
「…はい。」
かくして出掛けたハイキング、景色の良い芝生に寝転がれば蟻の一匹にビビり、見晴台ではアブの飛来に声をあげ、山の頂上でトンボが頭に止まって涙目になる息子が!
ああ、大失敗だ、我が子を怖がらせるひどい親だよ全く……。
何か気を紛らせるような、テンションのあがるモノは落ちてませんかね……。
辺りをキョロキョロ見ながら、口数少なめで下山……。
松茸の一本でもみつからないかしら……。
「お腹すいた!ここでご飯にしよ!」
「いいねぇ、なんか机汚いな、拭くもんある?」
「…虫もいる。」
なだらかな中腹にある、休憩コーナーでお昼を食べる事にした。マナーの悪い登山者が散らかした跡がある。
「あ、あそこにトイレある…、ちょっとタオル濡らしてくるわ。」
ベンチ周りで虫除けスプレーを噴射し、テーブルを拭くタオルを用意するために手洗い場に向かった。ついでに用を足してからタオルを絞り、休憩コーナーにもどると。
「遅かったからもう先に食べてるよ!うまいねぇ、このスパム!全部食べちゃった!一口サイズだから食べやすくて!」
「あたしこのおにぎらず気に入った!お弁当にいれてよ!」
「いなりの混ぜご飯おいしい!」
ちょ!!!!!
五合分のおにぎりが……、あと三つしか残っていないだと?!
「なんでテーブル拭くまで待てないのさ!私の分は?!四個づつあったのに、五種類あったのに、はい?はい?!はいいいい?!」
食欲の権化どもがああああああ!!!!!
その食い気と傍若無人さが、恐ろしいわ!
私はテーブルを拭くことすら叶わずに!
残っているおにぎりに、手を伸ばしたのでありました……。