夏は暑い。
恋愛と言えば恋愛と言えなくもない話ですが一応ジャンルは恋愛にしておきます。
――暑い。
タラリ、と背中を伝う汗の感触を感じて窓を眺めると、外では忙しなく蝉が大合唱だ。…あー帰りたい。早く帰ってクーラーのきいた部屋でアイスでも食べたい。
眼前に置かれた書類の山に青筋を立てそうになるのをぐっと堪えつつ、クーラーのきいた部屋に思いを馳せていると、突然暑苦しい声が部屋に響いた。
「暑い!」
うわ、ビックリした。
何事かと思って視線を彷徨わせれば、当然寝ているとばかり思っていた、我らが生徒会長の沢村 唯が眉間にしわを寄せて天井に拳を突き上げたままの恰好で硬直していた。
そしてギロリと僕に目線を合わせるとそのままの格好でこう続けた。
「全く最近は暑すぎると思わんか?だいたい地球温暖化が進みすぎなんだよ。俺らがちっちゃい頃なんかアレだぞ。あの……夏なんか長そでで十分快適に過ごせたよ、な?一紗」
「いや、夏に長そでは流石に……」
ていうか嘘だと思う。いくら地球が温暖化してるって言っても夏はもともと暑いもんだし。
トントン、と仕事が終わった分の書類の束を纏めていると、唯の視線を感じた。見ると、唯は口をへの字に曲げた変な表情で僕を見つめていた。
「何?」
「お前さぁ……ノリ悪いって言われないか?そんなんじゃあ彼女出来ないゾ?」
別に彼女欲しくないけど。
「黙れ。っていうかコレ殆ど唯の仕事なんだけど。喋ってないでやれば?」
まだまだ山のように残っている書類の山を指さしながら僕がそう言うと、唯は口の端をヒクヒクと痙攣させながら僕の横に腰かけた。
「だいたいさぁ。この学校おかしくね?なんで夏休みに部活とか生徒に学校来させといてクーラーとか付いて無ぇんだよ」
「それは僕も思う」
だって暑いし。せめて生徒会室だけにでも欲しい……。
「だろぉ! ? ……よし。ここは生徒会長の権限を使って……
「あ、言っとくけどさ、唯」
僕は段々と饒舌になってくる唯の言葉を遮った。
「あ?」
「県立高校にクーラーをつけるには、『生徒に夏休みに学校に来させる』事が必要みたいだよ」
「そんなん俺らが来てんじゃねぇか。……あと、部活生」
だから困ってんだよ。と頭をかく唯の姿に僕はため息をついた。
「そうじゃなくて……そうだな。例えば、、、補習とか」
「げ、補習! ? 」
そう叫んだ唯の額から一筋の汗か垂れた。多分暑さのせいだけじゃ無いと思う。
「だって、もともと夏休みって夏が暑くて勉強に集中できないからあるんでしょ? 」
「え? おう」
「だったらクーラー付けたら快適になるんだから夏休みいらないじゃん」
……っていつかクラスの担任が言ってたような気がする。
「あぁ……あー」
その僕の言葉に納得したのか、唯はしきりに頷いていた。
「……なんか……空しいな」
「そだね」
生徒会室だけにクーラー付けるってわけにもいかないし。
僕は、生徒会役員の要望でクーラーが設置されて一般生徒から反感を買うのは御免だし。……だから、どっかの先生が不憫に思って助言してくれるのを待とう。
会話をするのも億劫になって、なんだか重い空気を回収する気力も無く、黙々と(唯が黙った!)書類を片付けていると、バンッと景気のいい音を鳴らして生徒会室のドアが開かれた。ついでに開かれると同時に外の熱風が室内に舞い込んできた。…暑い。いやむしろあづい。
「いやー外は暑いなー。……っていうか何事! ? 空気重っ! ! 」
熱風とともに入ってきたのは生徒会書記の日浦 飛鳥だ。彼女は手にスーパーの袋の様な物をぶら下げて無駄に眩しい笑顔でそう叫んだ。
「飛鳥、三十分遅刻ね」
「日浦……罰として女子トイレ掃除な」
僕らが飛鳥の言葉を完全に無視して言い渡すと、彼女は不満そうな顔になった。
「むぅ……。そんなこと言う唯にはコレ、あげないんだから」
言いながら彼女は手に持っていた袋をユラユラと揺する。なんだろ、アレ。
「えぇっ! ? 俺限定かよ! ? つかそれ何?」
「言いませんー。あ、ハイコレ。一紗にはあげるー。バニラで良い? 」
「え? あ、ありがと」
飛鳥から手渡されたそれは、パッケージに『バニラ』と表示されたアイスだった。
「フィニッシュ! ! ! 」
唯が最後のプリントに目を通すと同時に叫んだ。……やっと終わったらしい。笑顔になった唯は、スキップでも始めそうな足取りでそれを職員室に持って行った。
「よし。じゃあ帰ろう。てか僕は帰るわ。ばいば……
「待てぇいっ! ! 」
「――……ぐぇ」
……なんだよ。
帰ろうとしていた僕の襟を後ろから掴んでいたのは、般若のような顔をした飛鳥だった。
え? 何? 何で怒ってるの?
頭に? を飛ばしながらもその場に立ち止まり、飛鳥の顔を眺めていると、彼女は空になったアイスの容器を指さした。
「何これ」
「え? 飛鳥食べたかったの?……いや、食べてたよな……? 何? 何か問題? 」
もしや二個食べたかったのか……? いや、じゃあなんで僕に渡したりしたんだよ。余計に訳が分からなくなり、飛鳥に問いかけてるのか、自分に問いかけてるのかすらも分からなくなりながらも言葉を発していると、そうじゃない! と飛鳥が叫んだ。
「なんで唯にあげちゃうわけ! ! 」
あー。
実はあのアイス、あまりにも唯の視線と「暑い暑い暑い(エンドレス)……」という言葉がウザいのでアイスは奴の手に渡った(というか見かねて僕が上げた)のだ。
いや、ていうかあの視線を浴び続けて仕事をするなんて僕には大概無理だった。というか嫌だ。
「だって唯が……」
「『唯が』じゃない! アレは一紗にあげたんですー。なんなの! ? なんだかんだ言ってもあんたら付きあってんの! ? 」
流れに任せて出た(様に僕は思えた)飛鳥の言葉は、僕の頭に軽く十トン程の衝撃を与えた。
「……なんだって? 」
「だってさ。あんなでも一応唯は女の子なんだし……」
「……お前も大概失礼だよ」
そうなのだ。勘違いした人も多いと思うけど、唯は一応女の子である。男みたいな言動だけど。俺って言うけど。何故か家庭科がマイナス5で体育が10だけど。
「で、結局付きあってるの! ? 」
「め……めっそうも無い……」
僕には無理な話だ。……いや、良い意味で。
そう。なぜか唯は一部の男子生徒にモテるのである。パッと見は可愛いから……かな。しかしその一部の男子達は、きっと唯と付き合った男子生徒はそのファン達に抹殺されるであろうという都市伝説が出来上がるくらい強力なインパクトを持つ集団なのである。……そんなわけで僕には無理だ。
「じゃあ付き合ってないんだ……」
そう呟いた飛鳥の表情は、どこかほっとしていた。……なんなんだろう。
「てか僕もう帰っていいかな」
いい加減暑いんだけど。
「ま、待って! 」
「――ぐぉ」
デジャヴ。いや、今度はむしろ何か出そうだ。口から。
「……まだ何か? 」
涙目になりながら問いかけると、
「ホラ、私! 女の子! ! 」
意味不明な……でもそんな事知ってるよと返したくなるような言葉が返ってきた。
「? 」
「だーかーら、送って帰ってよ! ! 」
一人じゃ危ないでしょ? と続ける彼女に、僕は苦笑交じりにこう答えた。
「アイス奢りな」
「けちっ!」
良いながら先を歩く僕の後に着いてきた飛鳥の声は、小さく僕の耳元で響いた。
……煩いほどに、蝉が鳴いている。
夏休みは、始まったばかりだ。