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目的と 恋の行方と 諦めと

「ねえ、アイン。もし、私がカフェから持ち出したスプーンやフォークを持っていたら、あなたどうする?」


 渋みが強く感じる紅茶にいちごジャムを混ぜながら尋ねると、アインはほんの一瞬私をじいっと見つめたあと、言った。


「旦那様に報告します」


「…………!」


 あー……。なるほどね! そうよね! まあ、当然ね! 覚えておこう。でも。そうしたら、どうなる?


 ニナが部屋に持ち帰ったスプーンとフォーク。まず間違いなくメイドは気がつくわ。


 きっと、ニナのメイドも主人であるシャイン子爵に報告をする。


「お父様はどうするかしら」


「……もしも、そのことが公になれば大変なことです。持ち出したスプーンとフォークはそうと分からないようにカフェに戻すか、処分して証拠を隠滅するよう指示があるでしょう」


 それは、根本的な解決にはならないわ。また持ち出すかもしれないもの。


「私は、どうなるかしら?」


「……なぜそんなことしたのか、旦那様ならきちんと聴取なさるでしょう。2度と同じことがないように取り計らわれると思います。ルイーズ様はリアム殿下の婚約者です。おいそれとご実家に連れ戻すと言うわけには参りませんから」


 そうよ。同じことを繰り返させない一番確実な方法は、実家に連れ戻すことだわ。


 あのとき、ニナは言っていた。


『恋は、楽しいことばかりでもありませんでしょう?』


 物語の話だと言っていたけれどそうではなくて、ニナ自身が苦しい恋をしているのかも。


 もしかしたら、それが目的……?





 あれから、お散歩コースをカフェレストランの周辺にしてみたの。スプーンとフォーク、処分すると言っても難しいでしょう? 

 なんとかして返そうとするならお店に来ると思って。


 あまり自然ではないけれど、お店の前に落ちていたとか言って届けるのが無難よね。


 なぜ落ちていたかは「知らない」で通せばいいのだし。


 あ。あのメイドは……。


 周りを気にしながらお店の裏手に回ろうとしている。怪しいわね。


 裏手側は厨房になっているみたい。高い位置にある窓が開けられていて、作業の声が聞こえるわ。


 だけど、あまり開放的な造りにはなっていなくて、扉が開け放たれていたりはしていない。


 キョロキョロとあたりを見回して、どうしようかと首を傾げている。

 その手にあるのは……。ハンカチからスプーンが見えた! やっぱり! 彼女がニナのメイドだわ!


 ああ、待って待って! そんなところに置いてっちゃダメ!


「いけませんよ。どこで誰が見ているか、分からないでしょう?」


「っ!!」


 ハッとしたように私を振り返った顔は蒼白だった。


「それは私が預かります。ニナ様に、お話しましょうとお伝え下さい。お店の中で待っていますわ」





「こんにちは、ニナ。さあ、座って?」


「ルイーズ様。私……」


 淡いブルーの、薔薇の刺繍の施されたドレスを着たニナは、顔色まで青白くて今にも倒れてしまいそう。

 そんなにビビらなくても大丈夫よ。糾弾するつもりならもっと早くやってるし。


「お話しましょう? まずは温かいミルクティーをいかが?」


 微笑んで見せてもニナの顔は強張ったまま。笑顔の威力が足りないのかしら。一応、田舎では美人と言われていたし、笑顔の評判も良かったのだけれど。

 こんなとき、私にアリソン様のような慈愛に満ちた微笑みが出来たら……!

 無理ね。徳が足りないわ。


 えっと、じゃあ。あ、そうだ。リアム様のキラキラ☆モードなら真似が出来るかも?


 そう、こんな感じ?


「あなたの力になりたいと、思っているのよ、ニナ。さあ、そんなに緊張なさらないで?」


「ルイーズ様……」


 あ、少しほっとしてくれたかな?

 リアム様。キラキラ☆モード、役に立ちますね!


 まずは当たり障りのない話から。こういうのはタイミングが大事よ。慌てないで。ほら、注文したミルクティーがきたわ。


 小さなミルクポットからミルクを注いでかき混ぜる。ソーサーの上に、スプーンが戻された。

 ミルクティーをひと口飲んで、小さく息を吐いたニナに話しかける。

 柔らかく優しく。キラキラ☆モードを忘れずに! 勝負!!


「教えて欲しいのは目的なの。単に「欲しかった」というのではないのでしょう?」


「……はい」


「ご実家に、帰るための理由が必要だったのではない?」


「まあ、ルイーズ様。どうしてお分かりに?」


 よし、やった! 当たってた!! だめだめ。顔に出しちゃだめよ。キラキラ☆モード。キラキラ☆モード。


 目を見開くニナにふわりと微笑む。


「聞かせてくださらないかしら?」


 ニナは少し俯いて、そうして、なんとも儚げに微笑んだの。淡雪のように儚く美しくて、切なくなるような微笑だったわ。


「私、王宮に来ることが楽しみでした。王宮には婚期を控えた同年代の方たちが社交を学びにいらっしゃる。図書館で沢山本を読んで知識を広げ、学校で分からないことを聞くことも出来て、なによりお友達を作ることが出来ます。そういう出会いを期待していました。ですが……」


 ニナはミルクティーをまたひと口飲んで吐息する。


「王宮には本当に色々なひとがいてとても刺激的です。知らなかったことを知ることが出来る喜びに、始めは純粋に楽しんでいました。お友達も出来ました。ただ、予想と違ったのは、期待していたのとは違う出逢いもあったということです」


「……それは」


 ニナの頬がほんのり赤くなる。出逢いって、男性……?

 ニナ、婚約者がいたわよね? え。まさかアバンチュール? それはだめよ。いけないわ!


「私、婚約者は幼馴染なんです。子供の頃からよく遊んで、お互いのことを知っています。両親同士も仲が良くて、だから自分でも、将来は彼と結婚するのだろうと思っていたし、実際に結婚の申し込みがあって婚約が決まったときは嬉しかったんです。彼を好きだと、思っていました」


 そそそそ、それで?!

 ちょ、ニナったら。遠くなんて見ちゃってないで! それでどうしたの?


「そのひとは大人で、私の欲しい言葉をくれます。彼も、同じように思ってくれているかもしれない。でも、言ってはくれません。そのひとは、言ってくれるんです。魔法みたいに、欲しいときに欲しい言葉を。それに、とてもハンサムなんです」


 ああ、ね。ハンサム。それって重要よね。

 大きく頷いちゃったら、ニナにくすりと笑われちゃった。


「どんどんとそのひとに心惹かれる自分を自覚しました。そして怖くなったんです。婚約者を想う気持ちはある。それなのに、そのひとに逢いたいと思ってしまう自分が、怖い。食欲も落ちて、メイドは心配しました。でも、そんなこと家族には言えません」


 うんうん。それはそうでしょうね。お菓子を食べなくなったのは、恋煩いのためだったのね、きっと。


「自分の意思でそのひとと距離を置ければいいのですが、惹かれてしまう心は自分でもどうにもならなくて。過ちを犯してしまう前になんとかしなければ、と。それで、思い余ってあんなことを」


 ああ、なんだ。良かった。まだ過ってはいないのね。


「思惑通り、メイドは父に相談し、父はすぐに戻って来いと言ってくれました。帰ったら叱られることは避けられませんが、ここにいて、いつか過ちを犯す自分に怯えながら、心惹かれる自分に陶酔すらしてしまいそうな危うい日々からは解放されます。そのひとに逢えなくなると思うと、それは本当に心が引き裂かれる思いですが、ほっとする気持ちも大きいのです。これでもう、過ちを犯す心配をしなくていいのですから」


 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいたけれど、微笑みはすっきりとした微かな晴れやかさを見せていた。


「やり方は正しくなかったと反省しています。父はどうにかして分からないように返せとメイドに指示しましたが……。やはり、正直に謝った方が」


「それでは婚約者様の耳にも届いてしまいますわ。どうしてそんなことをしたのかと不審がられるでしょう」


「それは……」


 そこまで考えてなかったってカオね?

 ニナの目的はスプーンやフォークを盗むことでは無かったし、返す気があるのなら早々に返すようにとリアム様も言っていたし。


「どうしたら良いのでしょう……」


 ああ、ほら。そんな泣きそうな顔しないで。ね? まあ、見ていらっしゃい。


 私はキラキラ☆モードの微笑みを発動させて、後ろから歩いてくるウェイターの足音に耳を澄ませた。


 そうして、タイミングを測って立ち上がったの。膝の上にはニナのメイドから預かった、スプーンとフォークを包んだハンカチがあった。


「ニナ。私少し席を、きゃあ!」


 どん、と横から体当たりする格好になって、ウェイターが持っていた、下げた食器を乗せたトレイが床に落ちた。

 ガチャン、パリンと大きな音がしたわ。

 私は素早くハンカチを開いて、スプーンとフォークを床に落とした。


 ウェイターが慌ててよろけた私を助け起こしてくれた。


「申し訳ありません! お怪我はありませんか?」


「まあ。悪いのは私ですわ。急に立ち上がったりして、私の不注意です。申し訳ありません」


 しゅん、とウェイターを見つめると、一瞬言葉を詰まらせた後、優しい微笑みを浮かべて言った。


「とんでもございません。どうか、お気になさらずに。お召し物は大丈夫でしょうか」


 さささっと他のウェイターやウエイトレスがやって来て、さすがプロ、と目を見張る手早さで散らばった食器を片付けていく。

 ニナが持ち出したスプーンとフォークも、ちゃんと拾われて回収されていったわ。ふふ。


「ありがとうございます。なんともありませんわ。ご迷惑をおかけしたのに親切にしていただいて、本当にありがとうございます」


 改めてお礼を言ってにっこりと微笑む。支えてくれた手をそっと離して、ニナにこっそりウインクすると、ニナは泣き笑いのような表情を浮かべた。





「というわけで、ニナの目的は実家に連れ戻してもらうことでした。無事にスプーンとフォークもお店に返すことが出来ましたわ」


 あら? リアム様はどうして胡乱なものを見るような目で私を見るのかしら。

 ミッション・コンプリート、でしょう?


「無事に? スプーンとフォークの損害より割れた食器の損害の方が大きそうだが? それにフォークのことは聞いてないぞ」


 ……そうかもしれませんね。まあ、細かいことを気になさると禿げてしまいますわよ。


「ハゲねぇよ。不吉なことを言うんじゃねえ」


 言ってませんわ。ちょっと頭を見ただけです。

 国王様はふさふさですが、前国王様はツルツルでいらっしゃいましたものね?


 ふふふ。リアム様はどちらに似られたのでしょうか。


「ところで、上手くいったら説明してくださるとおっしゃっていた件ですが?」


 教えて、くださるんですよね?


 ノエルが含み笑いを浮かべながら紅茶のおかわりを注いでくれる。

 美しいキャラメル色の透き通った液体を見つめて、リアム様はため息をついた。


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