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包まれた スプーンはどこに いったのか

 リアム様がいらしたわ。

 アインを見ると、心得ましたと頷いて少し離れたところに移動した。


 リアム様はいつも執事を伴っていらっしゃるから、ぶっちゃけ、アインは出る幕が無いのよね。アインの紅茶、美味しくないし。


 リアム様の執事はリアム様より少し年上のノエル・ヒュブラー。ノエルはいつもニコニコしていて仕事ぶりは完璧だしあたりも柔らかいのだけれど、どこか掴みどころのない不思議なひと。


 リアム様とはいいコンビに見えるわ。


「それでルイーズ? 誰がカフェのティースプーンを盗んだのですか?」


 まあ、リアム様。盗んだなどと人聞きが悪いですわ。

 ニナ・シャインはカフェのティースプーンを持ち出しましたけれど、盗んだかどうかは分かりませんよ。


 それに、その微笑み。

 柔らかな微笑を維持しているのに、微かな圧力を感じます。


 首を傾げる仕草は可愛らしくもあり凛々しくもあって、なんだか今日はその笑顔がちょっと怖いです。


「後で返すつもりだとでも?」


「可能性はあります」


 笑顔には笑顔で返しましょう。負けません。


「では、確かめて下さい」


「……はい?」


 不意にその瞳が意地悪な光を放つ。


「盗んだんじゃねぇっつーならなんで持ち出したか確認しろ」


 どきどきっ。出た。腹黒モード!

 今さっきまですっきりと背筋を伸ばして座っていたのに、途端に横柄に背もたれに寄りかかってふんぞり返る。


 少し顎を上げて目を細める、その表情が好き。


「お茶にでも誘って上手く話を聞き出せ。返す気があるんなら早々に返させろ。もしもそうでなければ、おい、聞いているのか」


 は! 見惚れてしまったわ。

 腹黒モードのリアム様、やっぱり素敵だ。乱暴に見えても気品を失わないし、キラキラモードのときより若干低くなる声も好き。


「ごめんなさい、聞いてませんでした」


「お前な……」


 どうされました? ため息ついて。お疲れなのかしら。最近、忙しそうですものね。なにで忙しいかはともかくとして。


 睨まなくても、今度はちゃんと聞きますわ。はい、どうぞ。


「……ニナ・シャインがティースプーンを持ち出した目的を聞き出すんだ。併せて、他にも何か持ち出していないか確認しろ」


 他にも……?


「それは一体」


 じろりと私を睨む目につい顎を引いてしまう。


「上手く聞き出すことが出来たら、説明してやる」


 先に説明してくれた方がやる気が出ると思うのですが。それに、話の持っていき方とかいろいろあるじゃないですか。


 説明してもらった後に、だったらあれもこれも聞けばよかった、ってことにもなりかねないですよね……?


「お前が有能なら大丈夫だろ」


 私、自分が有能だなんて一度も言った覚えはありませんが。


「期待しています。頑張ってくださいね、ルイーズ」


 キラキラ☆モード。

 表情と一緒に姿勢やまとう雰囲気まで変わるからすごいわ。


「…………」


 キラキラな微笑に形だけの微笑みを返しながら、美しく透き通ったキャラメル色の紅茶をそっと口に含む。


 ほぅ。ノエルの紅茶は本当に美味しい。アインが入れる紅茶と、同じ葉っぱなのよ? 最初にいただいたとき、あんまり美味しかったから銘柄を教えてもらって同じものを取り寄せたんだもの。


 それなのにねぇ……。


 リアム様は穏やかに私を見つめ続ける。でも、穏やかな瞳の奥に圧を感じるの。控えめに見せておいて押しが強いって卑怯じゃありません? 分かりましたよ。やれば良いのでしょう?


 万が一、ニナにおかしな嫌疑がかけられても良くないし、もしも他にもやっているなら見過ごせないものね。


 王宮の備品は着服厳禁なのよ。

 自由に使っても良いものでも、すなわち私物化しても良い、ということにはならないの。


 所有者はあくまでも王宮であって、王宮で暮らす私たちは、それらを借りているに過ぎないのだから。




「人は見かけによりませんね」


 何の話?

 ドレッサーの前で寝化粧を施しながら、鏡越しにアインを見る。アインは今日私が着ていたドレスの手入れをしていたわ。


「ベルナール様もリアム殿下も、見た目はあんなにお優しそうなのに実際は……、ですし。ニナ様も真面目そうな方ですよね」


 アインったら。「優しい」のと「優し()()」なのは違うわよ。


「目的は、何なのかしらね?」


「目的、でございますか?」


 そう。リアム様も気にしていたでしょう? 

 例えば、部屋で紅茶やケーキをいただく場合、デリバリーを頼めば必要な食器は一緒に届けられるし、メイドが紅茶を入れる場合は食器を借りることも出来る。


 私は実家から馴染みのものを持ってきているけれど……。そうなのよね。必要なら持ち込むことはいくらでも出来るのよ。


「なのにわざわざカフェレストランからスプーンやフォークを持ち出す理由……」


「フォークも、なのですか?」


「ええ」


 リアム様には言わなかったけれど、ニナはケーキフォークも一緒に持ち帰ったの。

 ケーキを食べる様子はゆっくりで、まるで食べたくないものを無理に口に運んでいるかのようだった。


 口に合わなかったのかとも思ったけれど、もしかしたら、ケーキフォークが欲しかったから本当は食べたくないケーキを頼んだのかもしれないわ。


「さっぱり分かりません」


「そうね……」


 少し、情報を集める必要がありそうね。





 翌日。花曇りの空を眺めながらのんびりお散歩をした。

 王宮の中央を真っ直ぐ進むと王宮への出入りを管理するゲートがある。

 大きなゲートは通過するひとをひとりずつチェックするために30ヶ所に区切られているの。身分証の提示と手荷物検査が必要よ。


「こんにちは、お嬢さん。散歩ですか?」


 顔見知りの衛兵さんが、私に気づいて声をかけてくれた。

 私に笑顔を見せつつ、目は鋭くゲート全体をチェックしている。


「こんにちは。そうなの。今日も忙しそうね?」


「ええ。王宮へ出入りするひとは毎日多いですからね」


 手前のブースでチェックを受けているひとがいた。にこにこと愛想よく警備員と話をしながら鞄を開けて持ち物の説明をしているみたい。

 三十代前半くらいの男性で整った顔立ち。鞄の中身は沢山のジュエリー……?


 もしかして、シルヴィが話していたハンサムな宝石商かしら。


「…………?」


「あの男が、どうかしたしたか?」


「あ、いいえ」


 なんだろう。なんだかあの鞄、何かが変じゃなかった?

 違和感があった。でも……、なんだか分からない。


 …………気のせい?


「荷物のチェック、ずいぶん厳重なんですね」


「それはもちろん。持ち込みや持ち出しが禁止されているものがあってはいけませんから。知らずに持ってきてしまうひとがかなりいるんですよ」


 衛兵さんは困りものですと腕を組む。でも。


「でも、我々が目を光らせていますからね。禁止されているものの持ち出しも持ち込みも許しません。今話題の大泥棒が諦めたのも当然ですよ」


 そう言って、自信満々の笑みを浮かべる。


「引っ越しの荷物はどうしているの? ここでひとつひとつチェックするのは難しいんじゃない?」


「居住者の荷物はあらかじめチェックセンターに送ることになっていますよ。そこで専門の職員が全てチェックをします。お嬢さんの荷物も、そうやってチェックされているはずです」


 なるほど。言われてみれば、実家を出発する1週間前に荷物を送ったわ。後から荷物を追加するのは手続きが大変だから忘れ物がないようにとアインに何度も言われたっけ。


 と言うことは、スプーンもフォークもカフェからは持ち出せても、王宮の外には持ち出せない……?


「例えば、小さなものだったら? 下着に忍ばせたり結い上げた髪の中に隠したりしたら分からないのではない?」


「王宮の備品には、全て特別な刻印が施されています。あのゲートはその刻印に反応するんですよ。ですから下着や髪の中程度でしたら見逃しません。鞄などはその製法によって反応しない場合があるので目視で確認しますがね」


 ふむ。持ち出せないってことね。


「それなら安心ね」


 にっこりと微笑みかけると、衛兵さんは気合たっぷりに瞳を光らせた。


「最近は特に厳しくチェックするよう命令が出ていますからね。絶対に見逃せません」


 ふうん?


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