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罰として 私と結婚 して下さい

「計画が露見していた? なぜ分かった、ルイーズ?」


 リアム様はまだ笑顔を崩さない。

 私は少しだけ考えて答えた。


「裏庭の、椿が見頃でした」


「…………」


 椿が植えられているのは表の庭で、見頃はまだこれからだけれど。

 カメリアは椿の別名。伝わるでしょう、リアム様?


「テオ、君の役目はもう済んだだろう。席を外せ」


 リアム様の静かな命令にテオは私の顔を見た。

 私は頷く。

 ええ。もういいわ。大丈夫。


「では、自分はこれで。失礼します」


 テオが立ち去った後の椅子に腰掛けて、リアム様は表情を消して目を細めた。


「3日前、覗き見をしていたのはお前か。なぜあんな場所にいた?」


 冷たい表情。低い声。それが素ですか、リアム様?

 ハンサムは、どんな表情でもハンサムですけれど、何を考えているのか分からない笑顔よりも、そちらの方がずっといいですわ。


「お気づきでしたか。実は、リアム様がカメリアと逢引きをしていらしたあの場所の少し手前にアナグマが巣を作りまして」


「は?」


 ふふ。「何言ってんだ、お前」、そう思ってますね?

 いつもの笑顔は内心を推し量ることが出来ないけれど、今なら出来る。


 気に入らないと、そんな風に眉間に皺が出来るんですね。


「アナグマです。庭師が気づいて、巣立つまでは見守ろうと思っていたようなのですが、巣穴のすぐ近くを頻繁に通る者がいると気にしていたんです。足跡が残っているとね。踏み潰されないか心配していました」


「庭師と親しくしているのか?」


 怪訝そう。ええ、そうなんですよ。不思議ですか?

 だって、王宮に来てからこっち、リアム様とお茶を飲む以外することがなくて暇なんですもの。


 たまに、お茶会にお誘いいただくことはありましたけどね。


 庭師やコックや出入りのパン屋やお洗濯のメイドやお掃除のメイドとはだいぶ親しくなりました。


「そこで花を植えることにしたんです。巣の周りを踏まれないように。歩く場所を誘導出来るように。それからしばらくはあそこで様子を見ていました。庭師はそんなに暇ではありませんから」


 そこにやって来たのがリアム様とカメリアだったというわけ。花を植えた甲斐はちゃんとあって、リアム様とカメリアは花を踏まないように歩いていたからアナグマの巣からも離れた場所を歩いてくれたのよ。


「リアム様は、「あんな女と結婚なんかしねぇよ」と仰っていましたわ」


 だから予想できました。


「……テオから全て聞き出したんだろう? ベルナールはお前を愛している。理由はなんでもいい。婚約破棄に協力しろ。それであいつと結婚した方がお前も幸せになれるんじゃないか?」


 とんでもない。絶対、嫌です。


「ベルナール様が私を愛して下さっているとしても、あの方は私を傷物にしてもいいと考える方です。私を平気で傷つけることが出来るひとのもとで、幸せになれるとは思えません」


 リアム様、眉間の皺が深くなったわ。


「……俺はお前を愛してない。俺と結婚したところで、幸せになれるとは思えねぇ」


「今日日、大恋愛の末に相思相愛で結婚する貴族なんていません。殆どが政略結婚ですもの。それに私、リアム様のことを好ましく思っていますから、婚約できてラッキーだと思っていますよ」


 そう思ったのはついさっきですけれどね。

 だから、婚約破棄には協力しません。


 好かれているけれど好きではない相手と、好かれていないけれど好きな相手。どっちもどっちだけれど、どうせなら好きだと思うひとのそばにいたい。


 リアム様がカメリアにご執心だとしても、それはそれ。


「リアム様はいずれカメリアと結婚することを考えておられたんですか?」


「…………」


 あら、無表情。


 いくら第3王子とはいえ、それは身分が違いすぎて許されないのでは……?


「俺は、ベルナールがお前を傷物にしようとした計画に加担した。その点に於いて、俺はベルナールと同罪だと思うが?」


 確かに。

 思わずこっくりと頷いてしまうわ。


「そうですね。ですから、罰として私と結婚してください」


 カメリアとの結婚を考えているなら諦めてくださいな。


 無垢な女性に野獣のような男性を差し向けて傷物にしようなどという非道な行いは、本来その程度で許されることでは無いと思いますよ。たとえ、王子様だとしてもね。


 でも。


「愛人を持たれることは拒否しません」


 まあまあの妥協点だと思うけど。


「…………」


 不満でしょうか?


「同じ条件なのに、ベルナールとの結婚は嫌で、俺との結婚はいいのはなぜだ。俺が王子だからか?」


 顎を少し上げて、目を細めて。リアム様、偉そうですね?

 ふふふ。今まで見たことのない表情、横柄な態度。やっぱり私、そうしているリアム様の方が好きです。


「同じではありません。ベルナール様は私を愛していると思っている。リアム様は私を愛していない。「愛している」と囁きながら平然と傷つけることが出来るひとを、私は理解しません」


 何にせよ、私との婚約は正式なものだもの。簡単に反故にできると思ったリアム様が悪いのですよ。

 こんな計画を企てたこと、後悔なさればよろしいわ。


「それに私。もしも婚約が破棄されたら口が軽くなってしまうかも知れません。田舎で泣きながら、リアム様が実は二重人格だったと話したら、きっとみんな同情してくれます。田舎だから噂話が広まるのは早いですよ。父も顔が広いですし、私も王宮で知り合いが増えましたし」


 どこまで広まるでしょうね?


「ちっ」


 舌打ち。忌々しそうに睨んでる。イケメンの不機嫌な顔は迫力があるわ。

 でも、無駄です。私は怯えたりはしません。


 リアム様は少しの時間考えて、また小さくため息をついた。


「分かった。婚約は破棄しない。取り敢えずは、な。だからお前も余計な口は開くな」


 乱暴に髪をかき上げる。そんな仕草も初めて見たわ。


「分かりました」


 沈黙は金。心得ています、リアム様。

 取り敢えずで結構。今はね。いずれ必ず、結婚していただきますわ。


「ベルナールがうるさいだろうが仕方がねぇ」


 そう呟いて、今度は大きくため息をつく。


 面倒くさそう。でも、それは私には関係ありませんから。リアム様がご自分でどうにかして下さい。


 黙って見つめていると、リアム様は気怠げに椅子の背にもたれて、アインが淹れ直した紅茶に口をつけた。


「不味い」


 ええ、そうなんですよ。アインは紅茶を淹れるのが下手なんです。

 原因は蒸らす時間ですかね?

 私は紅茶の渋みが苦手で、熱湯を使わないで欲しいのだけれど、アインは熱湯を使うのが正しいのだと言って譲らないし。


 正しかったとしても、イマイチ美味しくないのよね。それに、熱々で出されてもすぐには飲めないでしょう?


 熱湯を使うのが正しいとは言え、出されたときに沸騰直後のように熱いのは、やっぱり、何かが違う気がするの。


 リアム様は眉間にシワを寄せながら不味そうに紅茶を半分ほど飲んで、焼き菓子に手を伸ばす。

 

 そのクッキー、美味しいですよね。私も好きです。


「…………」


 じろりと見てくる瞳に微笑むと、鼻白んだように目を細めるの。


「女ってのは分かんねぇな。弱いかと思えばやけに強くて、強いと思えばすぐに泣くし」


 誰のことでしょう? 私はそんなに泣きませんよ。

 うん?

 不意に、リアム様の目が真っ直ぐ私を見つめた。その瞳が面白いものでも見るようにキラキラ光る。


「だが、お前は役に立ちそうだ」


「…………はい?」


 役に?

 どういう意味だろう。そう思ってリアム様の目を見つめたら、リアム様はふわんと優しい微笑みを浮かべたの。


 そうして、うっとりと、甘やかに、囁くように言ったわ。


「出入りの者やメイドたちと、これまで以上に仲良くなっておいて下さい。顔も広げておいてくれると助かります。近いうちに、お願いしたいことが出来ると思うので」


 ……きらきら王子様モード。


「あ、はい」


 なんで、とか。「お願い」って? とか。色々あるはずなのに、思わず頷いてしまった。美形の微笑み、すごい! 魔性!


「では、もう時間も遅いのでそろそろ帰りますね」


 そう言って立ち上がるリアム様に釣られて立ち上がって、扉まで送る。


「今夜はもう、鍵をしっかりかけておやすみなさい」


 リアム様はするりと髪を撫でて、甘く微笑むの。目を奪われるけれど、物足りない。


 突然、ふんとリアム様は笑った。

 そうして、意地の悪い笑みを浮かべて私の目を覗き込む。


「あまり、目立つ行動はするな。お転婆が過ぎると怪我をする。いいな?」


 とくん。


 いかにも悪そうな笑みを浮かべる目元、口元。

 やっぱり私、そっちのリアム様が好きです。


 あ。


 額に触れたものに驚いて固まってしまう。

 動けなくなった私をまた笑って。


「また明日」


 リアム様は優雅な微笑みを残して、扉の向こうに静かに消えた。


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