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婚約破棄? そうは問屋が 卸しません

 視線を感じて振り返ったら、リアム様は眩し気に目を細めた。


 なんでしょう?


 首を傾げると、リアム様は恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべたの。

 暮れ始めた春の午後。オレンジ色の空の下、その微笑みはとても魅力的で、見る者の目を惹きつけて離さないだろう、と私は冷静に評価した。

 だって、いつどんな手を仕掛けてくるか気が気じゃないんだもの。うっかり見惚れたりなんて出来ないのよ。

 つい、冷めた目で見ちゃう。


 お茶を一緒にいただいた後、リアム様がお庭の散歩に誘ってくださった。その、お庭でのこと。


 あら。これ、椿ね。蕾がついてる。あと何日かしたらキレイに咲きそう。


「ルイーズは本当に美しいですね。半年前、思い切ってフォーゲル伯爵に婚約のお願いをして本当に良かった」


 リアム様の手が髪を掬って、そっと私の頬に触れた。


「ルイーズが王宮に来てくれてからもう1ヶ月です。毎日が夢のようで、1ヶ月がとても短く感じます。ルイーズが来てくれるのを待つ1ヶ月は、とても長く感じたのにね」


 うっとりと微笑むリアム様の瞳は艶やかで、滴るように色っぽい。

 なに?! なんだか、急にセクシー……。


 言葉が出なくて、ただ、見つめ返したの。そうしたら、まるで悪戯を仕掛けるように瞳を妖しく煌めかせて、リアム様は声を潜めた。


「今晩、部屋を訪ねます。どうか、鍵を開けておいて下さい」


「…………」


 きたわ。そう。今晩、ね。

 分かりました。鍵は開けておきましょう。どうやって、迎え撃とうかしら。


 ふふふふふ。

 

 にっこりと微笑みを返すと、リアム様もふわりと微笑んだ。

 傍目には仲の良い恋人たちが微笑みあっているように見えるでしょうね。

 実際は、まったく逆だけれど。




 間接照明だけを灯した部屋の中、微かなノックの音が響いた。返事を待たずに扉は開き、細く開いた隙間から大きな体がするりと部屋に入ってくる。男はさっと部屋を見回すと、その足は真っ直ぐ寝室に向かい、そして……。


「動くな!」


 動きを制すアインの声に足を止めた。


「おやおや。これは参ったね」


 灯をつけると、無精髭を伸ばした大柄な男性が両手を上げて苦笑していたわ。

 目は油断なくアインが突き付ける短剣を見て、それから、灯りのスイッチを入れた私を見た。


 見覚えがあるわ。

 野生的な顔立ちだけれど垂れ目が魅力的な色男だと、王宮に来てからその名を知った。

 王宮に出入りする令嬢たちが、護衛を頼みたいとこぞって指名したがる騎士のひとり。


 私はゆったりと微笑みかけた。


「お茶を一緒にいかが? テオ・クライン。聞きたいことがあるの。お話、しましょう?」




 こぽこぽと紅茶を注ぐ音が聞こえる中、私とテオはテーブルを挟んでにこにこと笑顔を浮かべて、お互いの腹を探り合う。


 にこにこ、というよりもにやにやと私を見つめて、テオは紅茶のカップを持ち上げた。


「ーーっ!」


 アイン……。あなたの紅茶、やっぱり熱すぎるのよ……。


 熱い紅茶に驚いて口元を押さえるテオに、単刀直入に切り出すことにする。


「リアム様からのお話はどういった内容だったのかしら?」


「……直球ですね。俺が自分の意思で、下心を持って忍び込んだとは考えないんですか?」


 髭の生えた顎を撫でながら目尻を下げて笑う、テオの態度は太々しい。

 ちょっと崩れた雰囲気が妖しい色気を伴っていて、そうね、女性にモテるのもなんとなく分かるわ。


「タイミングが良すぎるし、偶然だというならば、リアム様が現れないことがおかしいわ。来る、と仰っていたのよ? ああ、ことが済んだ後を見計らっていらっしゃる計画なのかしら?」


 テオはにやりと唇の端を上げる。


「お見通し、ですね」


 そう言って、(おど)けたように首をすくめて見せるの。


「何のために、という話はした?」


「婚約を破棄するためでしょう?」


「ええ、そうね。知りたいのは、何のために破棄するのか、よ」


 テオは掴みどころのない笑みを浮かべたまま、じぃっと私を見ていたけれど、不意に挑むような目をして言ったの。


「俺は、金で雇われてましてね」


 なるほど。お金、ね。

 今度、お父様にお願いして現金を用意してもらおう。


 アイン、そこのジュエリーボックスを持ってきて。


 視線で指示すると、アインはちらりと私を見た。

 いいから、いいから。持ってきて。不満そうな顔しないの。


 リアム様はいくらでテオを雇ったのだろう。相場が分からないわ。


 私はテオに中が少しだけ見えるようにしてジュエリーボックスの蓋を開けた。


「これでどうかしら?」


 光の加減で七色に輝く乳白色の宝石を使ったネックレスよ。値段は知らないけれど、テオの視線が追ったのはこれだった。


「揃いの耳飾りもあったようですが?」


 目敏い。

 仕方ないわ。今回は勉強ね。お父様に、こういうときの相場や交渉のコツを教わらなくちゃ!


 ネックレスと耳飾りを懐にしまうと、テオは紅茶が冷めたのを確認して一口すすった。


「ベルナール・ベッカーをご存知でしょう?」


「ベルナール様? ええ。知っているわ」


 なぜ、ここでベルナール様?

 私の疑問を読み取ったように、テオはにやりと笑った。


「彼はどうしてもあなたを手に入れたいらしいですよ。手に入るのなら、たとえ傷物であっても構わない、とね」


「…………」


「浮気が露見し婚約破棄となったあなたを慰め、フォーゲル伯爵の爵位剥奪、領地没収となるところをベルナールの計らいで免れる。あなたはベルナールに感謝し、求婚を受け入れる、という算段です」


「……三文芝居のような筋書きね」


「一応、あまり酷いことはするなと言われていますけどね」


 でも、傷物にしようというのでしょう? 下衆な発想だわ。


 貴族同士の結婚では、本人の気持ちは二の次になりがちだとは言っても、流石にこれはね。


 と、いうことは。婚約そのものが計画の一部、ということになるわよね。破棄することが前提の婚約。リアム様は(はな)から私と結婚するつもりなんてないんだわ。


「リアム様はベルナール様と仲がよろしいのね。浮気されての婚約破棄なんて、リアム様にとっても不名誉でしょうに」


 ベルナール様の頼みなら、その不名誉も厭わないということでしょう?


 テオはふ、と鼻で笑った。


「甘いですよ。ベルナールはフォーゲル伯爵の爵位剥奪と領地没収は「フリ」だけのつもりで、自分の取りなしで助けられると思っていますが、リアム殿下の考えは違います」


「…………」


 ……なかなか、腹黒くていらっしゃる。ふふふ。面白い。キラキラ優しいだけの王子様より、そちらの方が断然、好みだわ。


「何か、お手伝いすることはありますか?」


 テオがにやりと笑って両手を広げる。物語に出てくる、ニヤニヤ笑う猫のよう。


「手伝ってくれるの?」


「いただいた分の仕事はしますよ」


 ふむ。そうね、どうしようかしら。

 私は腕を組んで、少しの間考えた。




 こつこつと、密やかなノックの音がして、そっと扉が開かれる。小さく開かれた隙間からするりと忍び込むように部屋に入ってくる人影。デジャヴ。


 人影は薄暗い部屋をぐるりと見回して首を傾げている様子。


 私はアインに合図をして灯をつけさせた。


「!」


 リアム様はティータイムを楽しむような私とテオを見て、微かに目元を険しくした。


「こんばんは、リアム様。もう少し早くお見えになると思っていました」


 表情を変えたのはほんの一瞬。リアム様はすぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべたわ。そうして、私とテオの顔を見比べている。


「これは、どういう状況ですか?」


 冷静な問いかけに、私はにっこりとお答えする。


「尋ねる部屋を間違えられた騎士様が、お詫びにとリアム様がいらっしゃるまでの間の護衛を買って出てくださったのですわ」


 王宮の中とは言え、夜、部屋に鍵かけずにいるのは不用心ですからね?


「そういうことです」


 テオは全く動じず悪びれず、リアム様に笑顔を向ける。

 そうして、くくと忍び笑った。


「計画が事前に露見していたのです。これは殿下の落ち度ですよ」


「…………」


 婚約破棄の理由が無くなりましたわね。どうなさるのかしら?

 リアム様は、小さくため息をついた。


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