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計画が 杜撰すぎます 王子様

「あんな女と結婚なんかしねぇよ」



 ぞんざいな口調。乱暴な言葉遣い。冷たくて低い声。そうして、「あんな女」を馬鹿にするように鼻で笑う。


 あらあらあらあら。


 私はそうっと声のした方を覗いた。

 大きな木の下。周りの木々に囲まれて見え隠れする横顔は。


 やっぱり。リアム・ヴォルフ第3王子殿下。一緒にいるのは誰だろう。あのカチューシャ。メイド?


「ふふふ、悪い方……。でも、どうなさるんです? 正式に婚約なさってしまったではないですか」


 聞き覚えのある声だなぁ。誰だっけ。ちょっとハスキーで、独特な……。


「伯爵家のひとつやふたつ、消えて無くなっても問題ねぇ。それより……」


 …………! 消えて無くなっても?


「んふふふふ。本当に、いけないひと……」


 裏庭のひと気の無い一角は、ひと気が無いからこそ、潜めた声もよく響く。


 ……これ以上は聞いていても仕方ないわね。


 口付けを交わす音、衣ずれの音。まったく。こんな所で、不用心な王子様だこと。


 足音を立てないようにそっと下がって。うん。気づかれてないわね。

 さて、じゃあお部屋に戻りましょう。

 ドレスについた青草を払いながら急いでその場から離れた。


 それにしても。


「…………」


 後ろを振り返って、天然のガゼボのようなその場所にいる2人を思う。

 情報としてはかなりの収穫だったけど、ちょっと、困ったことになったわね。




「いかがでしたか、ルイーズ様。何か分かりましたか?」


 部屋に戻るとメイドのアインがテキパキと紅茶を入れてくれた。

 ここは広大な王宮の一室。私、ルイーズ・フォーゲルに与えられた豪華なお部屋よ。


 アインは私が王宮に上がる際に一緒に来た、子供の頃からずっと一緒の、友達のようなメイドなの。気心が知れていて信頼できるわ。気心が、知れすぎているきらいもあるけれど。


「ええ、アイン。リアム様がメイドと逢引きしていたわ。ちゃんと、狙った通りになっていたから大丈夫よ」


「はあ?!」


 やだ、アイン。そんなに大きな声を出して、びっくりするじゃない。


「リアム殿下が逢引き?! メイドとですか?!」


「そう。なんて名前だったっけ。アインも知っているはずよ。ちょっとハスキーで、鼻にかかった感じの独特の声の……」


「カメリアですか?」


「そうそう! カメリアよ!」


 思い出した。すっきりしたー。

 エキゾチックな顔立ちの美人よね。背が高くて、手足が長くて。給仕するときも、遠くまで手が届くから仕事がスムーズに見えるの。特に良い評判も悪い評判も聞かないけれど。


 あっつ! アイン、この紅茶、熱すぎるわ!


「暢気にしている場合ですか? ルイーズ様はリアム殿下の婚約者ではありませんか」


 実はそうなのよ。つまり、リアム様が言っていた「あんな女」は「私」ってことになるのよね。


「なんでかしらね?」


「なにがです?」


 あ。このクッキー美味しい。さくさくの生地は甘さ控えめで、上に塗られているジャムがしっかりと甘酸っぱい。


「リアム様は、どうして私と婚約したのかしら」


 婚約の申し入れはこれまでもいくつかあった。ご近所の伯爵家のご子息や名の知れた公爵家からもお話はきていて、特に熱心だったのは王族の血を引く公爵家の次男、ベルナール・ベッカー様。


 お父様の領地は、位置的には王都に近いのだけれど、山に囲まれていて直接王都には行くことが出来ない、ぽつんと孤立したような場所だったの。だけど、お祖父様がその山に時間をかけてトンネルを掘ったのよ。お父様が領地を継いだときには、港から王都に行くための近道として重宝されていたそうで、今やそのトンネルは交通の要所となっているそうなの。


 お父様の領地には、トンネルを掘ったときに雇用したひとたちが移り住んで、トンネルを通りたい旅人や商人を相手にしたお店や旅館を営んでいるの。決して広くはないけれど、賑わっているわ。


 お父様の事業に(かこつ)けて、ベルナール様はよく我が家を訪れては私と話をしたがった。


 お父様に言われてお相手していたけれど、正直、退屈で退屈で苦痛だったわ。


 いいえ。ベルナール様は良い方よ。

 リアム様と同じ20歳で、とてもハンサムで、品行方正。物腰が穏やかで、いつもにこにこしていて、お話も上手。外国に遊学していたときの話や王都で流行のあれこれを、分かりやすく話してくれるの。


 でも私、いつもにこにこしていて穏やかで優しそうな、そういう男性には惹かれないのだもの。

 男性は、ちょっと陰がある、ニヒルというかクールというか、物語のダークヒーローのような、そういうひとに憧れるわ!


 普段は見せない優しさが垣間見える瞬間にときめくのよ!

 そんな方には出会えたことがないけれどね。


 お父様は私には甘い。いくつかあった婚約の打診を「乗り気でない」と言ったらみんな断ってくれたわ。


 そうして、熱心だったベルナール様がようやく諦めてくれた頃、リアム様から婚約の申し入れがあったの。

 びっくりしたわ。だって、特別な接点は何も無いのよ。舞踏会で数度、お目にかかったことがあるくらい。


 お父様も驚いていたけれど、相手はこの国の第3王子。断るなんてあり得なくて、話はあっという間に纏まってしまったの。

 あれよあれよという間に正式に婚約が結ばれて私は王宮に上がることになった。それが、1ヶ月前。


 リアム様は親戚筋だけあってベルナール様と少し似ている。穏やかな微笑みを絶やさない、きらきらと光り輝くようなハンサムで、いかにも「王子様!」な立居振る舞いは、要するにベルナール様と同じカテゴライズのイケメンで。


 つまり私の好みでは無いわけなのよ。


 でも、貴族の結婚なんて家の意向が100パーセントでしょ? 本来私の我儘が通る余地などないのだから、私の好みなんて関係ないのだけれど……。


「見た目じゃないですか? ルイーズ様はその容姿を与えてくださった奥様にもっと感謝すべきです」


「アイン……」


 そりゃあ、お母様には感謝しているわよ? 結婚を望んでくださった方が何人もいたのは、お母様が見た目だけは綺麗に産んで下さったからよ。分かっているわ。


「名だたる貴公子たちからの求婚を断り続けてきたのも、王宮の気を引く作戦かと思いましたわ。リアム殿下から婚約の申し入れがあったときの旦那様の様子から」


「そんな馬鹿な」


 そんな作戦が功を奏すなら、とっくに他の令嬢がやってるわよ。


「でも、ルイーズ様の美しさは月の女神のようだと大変な評判でしたし」


「田舎の評判でしょ? 恥ずかしいからそんなこと、他のひとに言っちゃだめよ」


 贔屓目が過ぎるわ、アインったら。

 お母様は私を綺麗に産んでくれたけれど、世の中にはもっと綺麗なひとがたくさんいるでしょ?


「そうは言われますけど、リアム殿下がルイーズ様を妃殿下にと望まれたのは、ルイーズ様の美しさに惹かれたからだと思いますわ」


 アインは何故か誇らしげに胸を張るけれど。


「……それはどうかしら」


 私は飲み頃になった紅茶をそっとすする。


 そうだとするならば、カメリアの存在はどう説明する? もちろん、愛人のひとりやふたり、珍しい話ではないわ。私は見た目で選ばれたお人形で、リアム様の心はカメリアにある。それならばそれでいい。こちも気持ちはないのだし、夜のお勤めをしなくて済むなら僥倖。


 でも。


『あんな女と結婚なんかしねぇよ』


 リアム様はそう言っていたのよ。


「それは、どういうことでしょう?」


 アインの瞳が不安気に揺れる。

 リアム様は私と結婚する気がない。だけど婚約をした。なぜ?


「『伯爵家のひとつやふたつ無くなっても』、とも言っていたわ」


「まさか、旦那様の領地を?!」


「…………」


 私と婚約をした後で、私の方に問題があって婚約が破棄されたら? 相手は王子様だもの。問題の内容にもよるけれど、最悪の場合、お父様の爵位剥奪、領地の没収だってあり得るわ。


 今や交通の要所となるお父様の領地。羨むひともいると聞く。


 領地の没収。

 そんなことが出来るような、婚約破棄の理由が作れるとしたら何があるかしら。


「不貞、でしょうか。相手の不貞の証拠を掴んでいると離縁の手続きは有利と聞きます。ですが、それはご自身が不貞を行なっていない場合です」


 たしかに、手頃な男性を私に差し向けて、不貞の証拠をでっち上げる、という方法は有効かもしれないわ。カメリアのことが、私に知れてなければ、だけれど。


「リアム殿下は、もっとこう、正統派王子様系かと思っていましたわ。お話を聞いていると、ルイーズ様の好きなダークヒーローっぽい方ですわね」


 はふ、と大きく息をついて、アインは頬に手を添える。


「……そう言えばそうね」


 思い出す。低い声。突き放すような話し方。

 あのリアム様が、冷たく蔑んだ目で、低い声で、言葉を発したら。


 あら? ちょっと素敵じゃない?


 ただ、ダークヒーローはダークなだけではダメなのよね。ヒーローの部分がないと……。


 まあ、いいわ。どちらにしても、リアム様の思惑通りにさせるわけにはいかない。私のせいでお父様の領地没収なんてことになったら、お父様にもお母様にも合わせる顔が無いもの。


 婚約破棄なんてさせない。絶対に阻止してみせるわ!


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