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「どうやら君はここが異世界か何かだと思っているようだな。いや、君にとっては先程までの世界を基準にするに、異世界という表現もあながち間違いではないか。

 まあそこは本題ではない。まずは話を整理しなくてはな。

 確かに君は目覚めた。およそ三年か、その水槽の中で君は眠っていたのだよ。夢の世界はどうだった。君が望んでいた希望の人生を歩めていたのなら良いのだが。いや、もしもそうならば現実へと引き戻された、この事態は悲劇と言えるかもしれないな。」


 夢…夢とはどういうことですか。僕はいつも夢の中であなたの声を聴いていたのです。ここが現実で、いままでが夢なわけ…。どちらも現実で、僕はこの世界に新たに転生したのではないのですか。あなたが…そう、きっと。あなたが僕を呼んだんだ。



「私が呼んだというのは間違いではない。まあ起こしたと言うべきか。君はずっとその水槽の中で夢を見ていたのだよ。だが安心したまえ。夢は夢でも、広義の意味の夢ではないぞ。君は仮想世界の中にいたのだよ。とてもリアルに感じたのではないかな。

 仮想世界といっても君にとっては現実だ。異世界と言えるかは哲学的問題であり、科学を信奉する私にはどうでもいい問題だがね。

 君がいた仮想世界は走れば息切れするし、夜更かしをすれば眠くなる。殴られれば痛いし、誰かを殴っても拳は痛い。高いところから身体を投げ出せば死ぬだろうね。

 欲求についても本物だ。食欲はヒトを構成する上で非常に重要な要素だぞ。美味しいものは美味しいと感じるし、腐ったものは食べる気も起こらない。もしも食べたら腹を壊しただろう。君は何が好物だったんだい。それはこっちの世界と同じなのだろうか。そうであれば現実と仮想世界において味覚は変わらないという立証になるな。

 仮想世界においても睡眠は必要だ。睡眠欲だって立派な欲求なのだぞ。夢だってみる。睡眠は気持ち良かっただろう。私から見て、水槽の中の君はとても心地良く眠っているように見えたのだが。

 高価なものを買えば物欲も満たされる。もちろん金はいるがね。金を得るには対価が必要だ。労働はしたかい。楽して大金を稼ぐのが君の理想だったね。あっちにそんな方法があったのなら是非とも教えてほしいね。君がどんな仕事をしていたのか、非常に興味があるよ。ああ、それにセックスをすれば気持ち良い。

 兎にも角にも、仮想世界の全ては物理法則のもと成り立っている。これは正しく現実と言えよう。

 君の心も本物だったはずだ。誰かを好きになることもあれば、憎むこともあっただろう。君を好いてくれる者はいたかな。結婚はしたのかい。君が愛というものを信じるのならば、そこに確かにあったはずだよ。」


 さっきから何を言っているんだ…。あんなクソみたいな、くだらない世界が仮想世界だと…。僕には良いことなんて何もなかったじゃないか。家でも、学校でも、僕は負け組だった。どうせ夢を見せるなら、なぜ僕に他人より優れた、もっと特別な能力を寄越さなかったんだ。



「そんなこと私に言われても困る。いくら仮想世界でも、そこでどう生きるかは君次第なのだからな。だが、こちらも沽券に関わるので言わせてもらうぞ。

 私は事前の契約通り、君の希望する『神童』という能力で没入させたのだぞ。それを君が生かしきれなかったのではないのか。いくら学力優秀、さらには運動神経抜群の神童と崇められようが、それに胡坐をかいて努力や向上心といったものを持たないのであれば、せっかくの能力もお飾りだぞ。神童も所詮は童のままなのだよ。

 自らの未熟さを棚に上げてだな、幼き頃より神童、才女と崇められ、いまも才色兼備の名声を欲しいがままとする、このフウ博士に感謝こそすれどあまつさえ責任転嫁しようとは何たることか。

 だがまあ、私はその明晰なる頭脳と共に、それこそ君の言う女神のような慈愛の心を持ち合わせている。先程の生意気な口は水に流してやろうじゃないか。」


 そんな、なぜ僕を目覚めさせた…。なぜいまになって。…いや、あんな世界でずっと生き続けるのなら、この、本当の世界に目覚めた方が良かったんじゃないか。いまとは違う、どこか別の世界へ行きたいとずっと思っていたんじゃないのか。そうだ。今日、僕は目覚めた。今日から、僕は現実を生きるんだ。きっとこれは僕にとっての『転生』なんだ。



「…ああ、それについてなんだが。君が仮想世界にいる間、毎月、君の親御さんからお金の振込をいただいていたのだがね。何って、この仮想世界を構築するための費用だよ。機械のメンテナンスやサーバーの維持費等々。

 私は慈善事業でやっているのではないのだよ。さっきも言ったが、何事にも金を得るためには対価が必要なのだよ。これが私の労働さ。人生に絶望した子羊たちを救うべく、仮想世界に誘い、子羊も安心安全な柵付きの箱庭を与えてあげるのさ。

 言っとくが、私は自分のことを神だなんて思っていないぞ。これは科学の結晶であり、私の研究の成果であり、ビジネスなのだからね。

 それで本題に戻すとだな、先月から君の親御さんからお金の振込が無くなってね。何回か連絡を試みたのだが、一切音信不通ときたものだ。全くもってけしからん。自分の息子が無防備に眠っているというのに雲隠れするかね、普通。

 兎にも角にも、契約通りの金が振込まれなくなったのだから、君に夢を見させておく義理も道理も責任も無くなったわけだ。よって、君を目覚めさせた次第さ。ああ、ここまで至るに長かった。こう見えて私は暇ではないのだよ。君以外にもたくさんのクライアントを抱えているのだからね。

 先程、私は先月から振込が無くなったと言ったね。未払いの金についてだが、今月まで仮想世界は稼働していたわけで、つまりは二ヵ月分の滞納となるな。君には二ヵ月分、一円たりとも違えずしっかりと払ってもらうよ。

 何をくよくよしているんだい。君には仮想世界と併せて、他人よりも有り余る人生経験があるじゃないか。さあ一に労働、二に労働。働かざる者食うべからず。楽して最強、労せず最高なんてことは無いのだよ。それこそ夢のまた夢ってものさ。」

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