5
手術が1ヶ月後に決まり、俺は約束通り梨花のそばにいた。
一見、梨花はいろいろ吹っ切れたようで、手術に前向きに見えた。
しかし、時々、不安の波が襲ってくるようで号泣することがあった。そのたびに俺は、梨花を抱きしめ頭を撫でてやった。
「大丈夫。ずっとそばにいるから」
正直言言えば、梨花の震える体を抱きしめるたび、本当は俺も怖かった。もしかして、消えてしまうのではと考えてしまうのではないかと。だから、梨花への言葉は、同時に自分へと向かっていた。
手術の前夜、特別に俺は病院に泊まらせてもらった。
「彰、今日までありがとうね」
「なんだよ、それ」
「なんとなくね。ねぇ、彰が好きだった私に戻れたかな」
「もちろん、戻ったよ」
「良かった」
「明日、頑張れよ」
「頑張るのは私じゃなくて、先生でしょ」
「先生だけじゃないだろ。お前もだろ」
「分かってる」
「もう寝ろって。早く寝ないとだろ」
「ねぇ、彰」
「なんだよ」
「ちゃんと戻ってくるって私も約束するから、手術が成功したら彰も約束果たしてよ」
「分かった。だから、もう安心して寝ろ。梨花が、眠るまでちゃんと手を握ってるから。ちゃんと睡眠とるのも大事だろ」
「うん、分かった。おやすみ」
「おやすみ」
俺は、眠る梨花をずっと見ていた。
「大丈夫だ。きっと成功する」
自分にも言い聞かせるように、俺は呟いた。
「みんな、行ってきます」
梨花は、心配するみんなを励ますように笑顔を見せて、手術室へと向かった。
手術室の扉が閉まるのを見ると、俺は椅子に座り込んだ。そんな様子をみて、梨花の母さんが声をかけてくれた。
「彰くん、手術が終わるまで時間がかかるわ。少し外の空気を吸ってきたら」
「大丈夫です。俺もここにいます」
「私達がここにいるから大丈夫よ。何か変わったことがあったらすぐに連絡するから。彰くん、寝てないんでしょ。ひどい顔よ」
「わかりました…。ちょっと外の空気吸ってきます」
俺は病院の隣にある公園にやってきた。
公園は、桜が満開だった。
「綺麗だな」
ベンチに座りながら、風に吹かれ綺麗に舞う桜吹雪に俺は見とれていた。
「彰!」
突然誰かに呼ばれた。振り返ると、なんと桜吹雪の中に梨花が立っていた。
「なんで、お前がここに」
「なんででしょう」
梨花は、イタズラっ子のような顔をした。
「まさか」
俺は青ざめた。
「あっ!違うから。死んでないから。まだ、生きてるから」
「じゃあ、なんだよ。もしかして、俺は夢でも見てるのか」
「そんな感じかな」
そういうと、梨花は、こちらに歩いてきた。
「ねえ、背比べしようよ」
「今なら彰と私ならどっちが大きいかな」
梨花は、前に立って俺を見上げた。
「彰、大きくなったね。身長いくつ?」
「188」
「そうなんだ。私はね」
「知ってる。181だろ」
「こわ~い。ストーカーなの?」
「バカ。あんだけ活躍すれば、そんな情報、誰だって目にするだろう」
俺は軽く梨花の頭をたたいた。
「痛っ!まさか彰に上から頭を叩かれる日が来るとはね」
「俺も梨花の頭を上から見れる日がくるとは思わなかったよ」
「まあ、どんぐりの背比べができて、私は満足だよ」
「どんぐりって俺の方が明らかに高いんだけど」
「そうだっけ?」
梨花は笑いながら俺に背中を見せて歩きだした。梨花の後ろ姿をみていると、突然不安になった。
「なあ、目が覚めたらもう会えないとか言わないよな」
「彰は、成功するって信じてくれたんでしょ。今は信じてないの?」
「もちろん信じてるけど、お前が夢になんか出てくるから」
「それは、すみませんでした」
そういうと梨花は1人歩き出した。
「さて、そろそろ彰は起きなきゃだよ」
そう言ってこっち向いて笑った梨花は、花吹雪の中に消えて行った。
やはり、公園のベンチでいつのまにか寝ていたようだった。ボーッとした頭を起こしていると、突然携帯が鳴った。
俺はあわてて病院に戻った。
読んで頂きありがとうございます。