海に咲く空の花 ~story of marine snow~
ちはや れいめい様主催『フラワーフェスティバル』参加作品です。
ーー君と一緒に、海に降る雪を見たかったーー
海未が亡くなって、今日でちょうど二年。
潮風が香る、高校一年生のあの夏の日以来、俺は、何もかもを失ってしまったような、喪失感に襲われている。
「はぁ……」
今日はいつもより、大きなため息が出てしまう。
「な~に、ため息ついてんだよ。幸せが逃げるぞ。青野」
「俺だって、つきたくてついてるわけじゃない。ほっといてくれ。木之本」
「このあと、暇?」
「行くとこあるから、忙しい」
「いつも暇そうな青野が!?」
「今日は、大事な日なんだよ」
「新しいゲームソフト買ったから、一緒に遊ぼうかと思ったんだけどな~。また別の日だな」
「悪いな。じゃ、またな」
学校の夏期講習で、夏休みの何日かは登校しなければならない。
大学進学のためとはいえ、今日だけは勘弁して欲しかったけれど、午前中だけだから、まぁ、良いか。もう、終わりだし。
木之本の誘いを断って、学校から自転車に乗り、海の見える海岸線へと向かった。
海水浴場には、たくさんの海水浴客やサーファーの姿が。
一昨年の夏も、賑やかな海水浴場だった。
***
海沿いのこの町には、国立大学附属病院があって、海未はそこに入院している。
「ねぇ、空楽。海に降る雪があるって知ってる?」
窓の外に広がる海を見つめながら、海未は言う。
「知らない。雪なら、冬に降るだろ」
「そうじゃなくて。マリンスノーって呼ばれてる、白くて小さいモノなんだよ。プランクトンとか砂が正体って言われてるけど、私は違う気がする」
「なんでだよ。一般的にそうなら、そうなんだろ?」
「わかってないな~。空楽は。小さな白いお花だとしたら、ロマンチックで綺麗でしょ。例えば、カスミソウとか」
「カスミソウ? なんで?」
「私の誕生日と、空楽の誕生日の誕生日花が、カスミソウだって前に話したでしょ」
「聞いた気がする。そろそろ、帰るわ。またな」
椅子から立ち上がり、踵を返すと、Tシャツの裾を掴まれたため、思わず振り返る。
「待って。あのね。私、もうすぐ退院できるみたいなの」
「おめでとう。親友として、嬉しいよ」
「それでね。退院したら、海に行こうよ。マリンスノーを、一緒に見たいの」
「いいよ。退院する日、また会いに来るから」
これが俺と海未の最後の会話。
***
海未は生まれつき、遺伝性不整脈を患っていて、体調を崩しやすく、入退院を繰り返す日々。
同い年で家が近所だった縁で、俺は海未と遊んだり、入院をしたら、病院に会いに行くという、生活をしていた。
病気のことを初めて聞いたのは、中学生になってからだったと思う。
医療が進歩しているからまだ死ぬことはないと、中学生の安易な考えを、二人で話したこともある。
いつだったか、俺と海未の誕生日の花が、カスミソウだと言っていた。
何の意味があるのかわからず、ただ聞いただけ。
海未と最後に話した日から一週間後。退院して三日後の早朝に、海未は静かに息を引き取ったという。
眠っている間に心肺停止したと診られている。
連絡をもらい、急いで海未の家へ向かうと、仏間へ通され、そこに横たわる海未がいた。
死因等は海未の両親から教えて貰う事が出来たけれど、聞いた俺は放心状態。
苦しかっただろうに、誰かに助けを求めたかっただろうに、海未は独りで……。
そんな俺の思いとは裏腹に、安らかに眠るその顔が、苦しまずに旅立ったことを物語っていた。
***
海未が亡くなった翌年から、俺はあることをしている。
それは、海未が一緒に見たいと言っていた、マリンスノーを、出現させること。
マリンスノーの正体が、プランクトンや砂であることは、間違いない。
それを出現させるのは難しいけれど、カスミソウなら、ロマンチックになる。
海未が言っていたように。
小さなフラワーショップに立ち寄って、リボンで結ばれたカスミソウのブーケを買ったら、海へと直行。
カスミソウのブーケを持ったまま、白い灯台がある防波堤に向かった俺は、リボンをほどき、カスミソウを海へと投げ入れる。
バラバラに散りばったカスミソウ。
茎が空の色で見えなくなると、白い花が、雪のように見えなくもない。
これは、俺と海未にとってのマリンスノー。の、つもり。
徐々に沈んでいくその様は、花でできた、空楽と海未のマリンスノーなんだ。
見せてやりたかったけど、そう思ったって、後の祭り。
後悔先に立たずって、このことなんだよな。
知ってるか? 海未。カスミソウの花言葉を。
『永遠の愛』なんだってさ。
俺の気持ちみたいだよな。って、海未はそんなこと知らないか。
きっとこれは、神様が出会わせてくれた運命なんだと思う。
だって、空楽と海未だぞ。出会わない運命なんて、あって良いわけがない。
海未はどうなのかわかんないけどさ、俺は海未が好きだ。
これからも、ずっと。