Why not nothing.
欠けている私では、いつだって貴女を満たすことすら出来ないのだ。
Why not nothing.
頭の中で誰かが歌っている。そんな惨めな歌を私に聴かせないで。どうして何もしないのかなんて、聞かれたって困るんだから。
「紗代ちゃん?」
はっ、と意識が戻ってくる。心配そうに私をのぞき込む佳世が見えた。
「ごめんごめん、ちょっと寝ぼけていたみたい」
びっくりさせないでよぅ。情けない声で佳世はそう言って笑う。佳世は笑うと目尻がきゅっと下がって、ぽちゃっとした体型と相まってまるで七福神の神様のような顔になる。その顔は子供っぽいのだけど、なんだか胸の内側がわーっと熱くなるような可愛らしさがあるとクラスでは人気の表情だった。
ちらりとあたりに目線をやる。何人かで構成されるグループがいくつかぽつりぽつりと放課後の教室に点在していた。ぼやけた視界では、カーテン越しに差し込む夕日で淡いオレンジに染まった部屋の中に黒のブレザーが墨汁を落としたように滲んでいる。
「疲れてるのかなあ、紗代ちゃん最近よく寝てるよねぇ」
「はは、夜は考え事するのにちょうどいいからね」
ええ、何のこと考えてるの?と無邪気に笑う佳世に笑いかけた。
佳世の服をゆっくりと脱がせて、どこもかしこも柔らかくて甘いスポンジケーキのような彼女の体を貪るように触れて、そうして息もできないくらい私に溺れさせてみたら。
紗代ちゃんと私を呼ぶ声が色めいて、私以外が目に入らないようになったら。
彼女をどこかに閉じ込めてだれの目にも触れないようにして、私にすがらないと生きていけないようにできたら。
長い夜のどうしようもない絶望は、そんな叶いっこない“たられば”を考えていればいつもどこかへ行ってしまう。彼女に友達として触れることすらできないくらいの臆病な私は空想の中ならなんだってできたし、想像の中の彼女は私の望むことに応えてくれた。
けれどそれが妄想に過ぎないことを私はよく知っている。私も佳世もオンナノコで、オトコノコみたいにオンナノコの欠けた部分を満たすものを持っていない2人なのだ。
欠けた2人がどれほど近づいてもその空白は埋まらない。だから私は自分に言い聞かせるように歌うのだ。Why not nothing.どうして何もしないのか、その理由は私が一番わかってる。
「……恥ずかしいから、佳世にはナイショ」
なんでよぉ、拗ねたように言う紗代は文句なしに可愛い。話してしまいたいと思う心を押し込めて、私はまたごまかすように笑った。