ミシナに奪われ…?
…と言うような会話をしていたものの、その後は割と平和だった。
例のお客様が来て、ミシナが会社の中で彼と会っても軽く頭を下げるだけ。
まあわたしとは挨拶を事務的にするぐらいだけど。
…でも油断していた。
つつがなく彼の要望通りの結婚式をあげる準備をしていたある日のこと。
仕事の用事で外に外出していた同僚の二人が、慌ててわたしに駆け寄った。
「るっルミぃ~! 大変大変っ!」
「ちょっともう…信じらんないっ!」
「どっどうしたのよ?」
暑い中、二人は汗をダラダラかきながら走って来たらしい。
休憩場で冷えた麦茶を一気に飲み干し、タオルで汗を拭いながら説明してくれた。
「今、街中に行ってきたんだけどね。そこで信じられないカップル見ちゃって」
「何とルミが今担当しているお客様なのよ! ホラ、いつも男性一人で来ているあの…」
「えっ! 彼!?」
わたしは名前を言うと、二人は深く頷く。
「そうそう。その彼よ」
「二人して仲良さそうに腕を組んで、楽しげに笑いながら歩いていたのよ」
「あちゃ~…」
そう言えば、今日はミシナは休みだったっけ。
「でもわたし、何も聞いていないけどなぁ」
「そりゃあ結婚を控えているのに、言うワケないじゃん」
「信じられないよね~。いくら女性の方が忙しくて一緒にいられないからって、他の女に手を出すなんてさ!」
…ああ、二人にはそう説明していたっけ。
二人は頭から湯気が出るぐらいの怒りを出している。
「でもミシナも信じられない! お客様として取るんじゃなくて、異性として奪うなんてさっ!」
「ホントホント! って言うか、ルミが担当している式、中止になるんじゃないの?」
「今のところはそういう申し出はないけれど…」
多分、彼としてはこのまま進めるつもりなんだろう。
―恐らく、相手の女性をミシナとして。
「…でもカリキ部長のこと、諦めたのかしらね」
「そりゃあ部長はミシナなんて眼中にないもん。それに気づき始めた時、彼を次のターゲットにしたんじゃない?」
「まあ確かに彼は彼女の好みそうね」
身長が高く、容姿もそこそこ良い。
それに某有名会社にプログラマーとして働いていて、高給取り。
まあ…アレ、なんだけど。
「ねぇ、一回部長に相談してみたら?」
「そうそう。先に言っておいた方が、何か起こった時に怒られずに済むよ」
「確かにそうね」
わたしは深くため息をつくと、立ち上がる。
「それじゃあ報告に行って来る」
「うん。怒られることはないと思うけど…」
「気をつけてね!」
わたしは苦笑しながら肩を竦め、父の仕事部屋に向かった。
「…なるほど。そりゃ参ったな」
部長室にあるソファーに座り、テーブルをはさみながらわたしは父に説明をした。
父は困り顔で、両腕を組みながら唸っている。
「コレが普通の人間が相手ならば、まあしょうがなかったと諦めることができる。―しかし彼はアレだしなぁ」
「そう、アレなのよ。だからこそわたしが結婚式を担当することになったんでしょ? …でも多分、彼は彼女に話していないと思うの」
わたしと彼がしようとしていた結婚式のことを。
「う~ん。…すでに日取りも決まっているし、後はその日まで待つだけになっているんだろう?」
「最終的な打ち合わせは後一回あるだけだからね」
「大詰めということは、多分彼はミシナくんを花嫁にするつもりかもしれない」
それはわたしも考えていたこと。
…まあ正直、式をあげてくれるのならば別に相手が代わろうとも良いんだけど。
「でも問題は彼女自身が結婚式の内容を知らないことね。恐らく、当日まで知らされないでしょう」