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ルミの仕事

わたしは早速お客様に連絡をして、次の日、会社に来てもらった。


「わたくし、今回の仕事を担当させていただきます、ルミと申します」


「あっ、どうも…」


お客様は男性一人。


どことなく覇気がなく、着ているスーツもよれている。


「今回の結婚式についてですが、当社ではコースがございまして…」


しかしわたしは笑顔で仕事を勧める。


説明の途中で視線に気付き、顔を上げた。


「どうかなさいました? 何かご質問でも?」


「いえ…その…。お話を持ちかけられましてここに来たんですけど、ほっ本当に結婚式が出来るんでしょうか?」


ああ、不安を感じているんだな。


まあ始めて来るお客様は、絶対に感じることだ。


あるいは期待に胸をふくらませて来るのか、のどちらかだ。


両極端だけど、わたしの担当するお客様はこういう反応しかしない。


―決して、普通の人間の反応はしないのだ。


「絶対に大丈夫です。お客様はちゃんとしたご紹介でこられたんですから。こちらとしてもちゃんとしたお仕事をさせていただきます」


胸を張って自信たっぷりに言うと、お客様もほっと胸をなで下ろす。


「そうですか。そう言っていただけると、安心します。その…わたしが行いたい結婚式は、特殊ですし…」


「理解しております。わたくしは担当となって4年目になりますし、どうぞお気軽にご要望をおっしゃってください」


「あっありがとうございます。では彼女が以前、結婚式の要望を出していまして…」


お客様はようやく緊張がとけたように、カバンから書類を出して、笑顔で語り出した。


よし! 頑張ろう!




―打ち合わせは二時間ほどかかった。


しかし細かいことなど、後から何度も話し合わなければいけない。


「では何かありましたら、いつでもご連絡ください」


「ええ。いろいろお手数をおかけしますが、よろしくお願いします」


お客様を会社の外までお見送りに出た。


しかしそこで、ばったりミシナと会ってしまった。


「あら、ルミさん。お客様ですか?」


「はい。打ち合わせが終わりましたので、お見送りです」


「そうですか」


ミシナはニッコリとお客様に微笑む。


お客様は軽く頭を下げ、わたしに向き直った。


「それではここで」


「はい、また後日」


姿が見えなくなるまで見送って、わたしは踵を返した。


「―あのお客様、女性の方は?」


「えっええっと…。今日は都合が悪かったらしいので、男性のお客様一人でこられました」


まさか本当のことは言えないので、引きつった笑みを浮かべながら誤魔化すしかない。


「…そう。でもいくら男性のみだからと言って、余計なことはしないようにね?」


それっていわゆる、色目を使うなってことだろうか?


「わたしはあくまでも、お客様に幸せな結婚式を挙げていただきたいだけです。その他のことなど、何も考えていません」


ミシナの嫌味など何のその。


わたしはあっさりと言い返す。


ミシナの表情が、醜く歪む。


「あっあなたねぇ…!」


「あっ、ルミ! ここにいた!」


「ルミぃ、ちょっと仕事で聞きたいことがあるのぉ」


同僚達が声をかけてきたので、ミシナは怒鳴るのを止めた。


「くっ…!」


そして悔しそうに唇を噛み、建物の中へ入って行く。


すれ違いに、2人の同僚がわたしの元へ駆け寄ってきた。


「大丈夫? ルミ」


「ミシナのヤツ、会社の前で怒鳴ろうとするなんて、イかれているんじゃないの?」


「あはは…。とりあえず、助けてくれてありがとう」


心優しい同僚に、感謝をする。


ミシナのあの態度、明らかに父とのシーンを見たからだろうな。


「あのね、ルミ。ちょっと忠告したいことがあるんだけど、今から休憩でしょ? ここじゃなんだから、喫茶店に行こうよ」


お昼を過ぎ、夕方になると会社に来るお客様は減る。


だからちょっとぐらい抜け出しても大丈夫だろう。


もしお客様が来ても、携帯電話で呼び出されるし。


「うん、良いわよ。じゃあ前に約束していたコーヒー、奢るわ」


こうしてわたしと同僚二人は喫茶店に来たワケだけど…。


「アイスコーヒーは良いんだけどさ。パフェやサンデーは奢らないわよ?」


同僚はチョコレートパフェとマンゴーサンデーまで注文した。


まあわたしもバニラアイス入りのイチゴのかき氷を頼んだんだけど。


「あっ、もちろんこっちは自腹よ


「最近、暑いからね。それにストレスたまるし、甘い物でも食べなきゃやってられないって」


そう言って大口で食べ始める。


わたしも接客をしたばかりで疲れていたので、かき氷を美味しく頂く。


「ん、美味しい。…で、忠告って何よ?」


わたしから話を持ち出すと、二人は気まずそうに顔を見合わせる。


「…いやね、ミシナのことなんだけど」


「最近、他の人の仕事を奪っているみたいなの」


「『奪っている』?」


ウチの仕事はそもそも、会社に来たお客様や電話で対応したお客様をそのまま担当することになっているんだけど…。


「うん。それがさあ、最初は違う人が担当していたのに、ミシナのヤツが横入りしてきたさあ」


「わざとお客様に愛想良くして近付くのよ。んで、担当者チェンジを言い出されるの」


「ああ、なるほど」


どうしても担当者と相性が合わなかった場合は、変更を申し出れば代わることも可能だ。


「ひっどいよね~! ただでさえ客足は減っているって言うのに!」


「人のまで奪うなんて、ホント嫌なヤツ! …それでね、ルミは特に眼をつけられているし、気をつけた方が良いと思うの」


わたしのお客様、かあ。


…でも奪おうと思って、奪えるものじゃないと思う。


『特殊』だから。


そこのところはお客様自身が一番よく分かっているはずだから、ミシナに声をかけられても断るはずだ。


「でもまあルミの接客態度は良いし、お客様とも上手く付き合えているみたいだから、万が一ってことでね」


「そうそう。もしあったら、アタシ達からも言ってあげるからさ!」

「ふふっ。ありがとう」


わたしは同僚を安心させるように微笑む。


―しかしよく考えてみると、お客様達は人間が多い。


人間は選択を誤る時がある。


決して間違わぬように、お客様の方にも気をつけなければいけないな。


…そう。絶対にミシナに奪われてはダメ。


そうなったら彼女どころかお客様でさえ、大きな被害をもたらしてしまうのだから…。


「それにお客様を取られたら、減給とお説教かなぁ」


思わず口から漏れ出た言葉に、二人は慌てて手を振る。


「もっもし取られちゃっても、それは相性が悪かったってことでね!」


「そうそう! 会社で結婚式をあげることには変わりないんだし、大丈夫よ! 上の人は分かってくれるって!」


…その上の人は、わたしの実父なんだけど。


プライベートでは甘くても、仕事では厳しい父のことだ。


ゲンコツぐらいは頭に落とされるかもしれない。


わたしは気が重くなり、深く息を吐いた。



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