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ミシナの相手をしながらも、ちゃんとわたしを発見しているのだから、相変わらずスゴイ人だ。
「はぁい」
わたしは肩を竦め、同僚たちに苦笑浮かべて見せた。
「と言うことで、コーヒーはまた今度」
「良いよ良いよ」
「仕事、頑張ってね」
「うん」
同僚達は気持ち良く送り出してくれたけれど。
「カリキ部長、仕事なら私が…」
「いや、ミシナくんは忙しいだろう? これはルミくんに頼むことにするよ」
カリキ部長はやんわりと断り、休憩室を出ていった。
続いてわたしも出ていこうとしたけれど…ミシナに睨まれた。
人気のない廊下を歩き、わたしは部長室に入る。
「―それでご要件はなんでしょう?」
「キミに任せたい仕事がある、と言ったろう? これを頼む」
そう言って部長は雑誌サイズの茶封筒を差し出す。
中に手を突っ込み、一冊の黒いファイルを取り出した。
「―いつもの、ですね。分かりました」
さっと眼を通したわたしは、ファイルを封筒に入れて、改めて部長を見る。
見た目四十を少し過ぎたばかりの、少し神経質そうな男。
顔もまあ整っているし、身長も高い。
体も見た目よりも鍛えているし、アレだけど…。
「…どうした? ルミ、何かあったか?」
ふと部長がわたしの頭を撫でる。
「父さんってモテるのねぇ」
「そうか?」
そう、カリキ部長はわたしの実父。
けれどコネで入社したとは思ってほしくないので、他人を装う。
…まあこの会社は後にわたしが引き継ぐから、コネもあっただろうけど。
ちゃんと一般の面接を受けて入ったのだ。
コネ入社だとは…あまり思いたくない。
父とわたしが親子であることは、わたし達しか知らないことだし…。
「ああ、そうだ。今度の休日、ルカと姉さんとどこかへ行かないか?」
ルカとはわたしの妹であり、父の二人目の子供の名前。
そして姉というのは…一般的に言えば、わたしの伯母。
まあちゃんとした父の姉だし、幼い頃から可愛がってはくれるけど…。
「…そろそろ他人の目が気になる歳になってきたのよね」
女子大生である妹のルカならともかく、あの伯母とは…正直あまり一緒に出歩きたくない。
「だが姉さんは会いたがっていたぞ? お前、仕事始めてからあまり会っていないだろう?」
「…そうね。じゃあこの仕事が片付いたら、休日に遊びに行くって言っておいて」
「分かった」
ちなみに母は亡くなっている。
なのでミシナが父を狙っていると聞くと、…かなーり複雑な気分だ。
「仕事の手配はこちらで済ませておく。お前はお客様と会って、準備を始めてくれ」
「はーい」
「んっ。頼んだぞ」
父は優しく微笑み、再び頭を撫でる。
「んもー。そろそろいい歳なんだから、頭撫でるの止めてよ。午後の仕事に支障が出る」
「おっとスマン」
母が亡くなった後、父は伯母と共にわたしと妹をそれは大切に育ててくれた。
…なので未だ過保護。
乱れた髪も、手ぐしで直してくれる。
けれど子供の頃からしてもらっているので、わたしはそのままさせておいた…のが、まずかった。
「失礼します、カリキ部長」
ミシナが短いノックと共に、扉を開けたのだ。
「あっ」
慌てて一歩後ろに下がるも、髪をいじられていたシーンはバッチリ見られていただろう。
「ではカリキ部長、失礼します」
「ああ、よろしく頼む」
すぐに上司と部下モードに切り替える。
「ではミシナさん、失礼しますね」
作り笑いを浮かべるも、ぎりっと睨まれただけだった。
一人廊下に出て、思わずため息。
「おっかないなぁ」
女の嫉妬はかなり醜い。
それはこういう仕事をしていると、余計にそういう部分を見てしまう。
だからだろうか?
結婚願望が薄いのは。
まあまだわたしは若い。
仕事も父を経由して、ようやくなのだ。
「今は仕事に集中しよう!」