ギルドマスターが新居に来ましたが、ドラゴンも来てました
エヒムはとうとう自分の家を手に入れた。
いつだったか、ギルドマスターのイバラークが言っていた「大体の事は何でも出来る」という発言の通り、彼がエヒムの家を造ってしまった。
曰く、ギルドを建てる時に作り方を見ていたから大丈夫、と。
ギルドの建物に似た感じになってしまったのはご愛嬌だが、ちゃんとした家だった。
王都から外れているので水道は無いが、すぐ近くに池が有るので水汲みは楽だ。
家を建てた事に対するお金をイバラークは拒否したが、代わりにギルド員の農業指導をするようにと要望を出してきた。
それがイバラークへの恩返しになるのなら、いくらでもそうしようとエヒムは思った。
しばらくギルドで寝泊りしていたので、事務員のトトリとも話す機会が多く、仲良くなれた。
幼いながらも、トトリは素敵な女性だなと思った。
穏やかで笑みを絶やさず、とても真面目だ。
あと巨乳。
エヒムは顔を赤くして頭を振る。
ギルドでの寝泊りに少し未練は有るが、やっと手に入れた新しい自分の生活である。
嬉しい。
心躍る。
さあ、今日から新スタートだ!
「・・・・・・」
エヒムは自宅のドアを開けたがすぐに閉めた。
ドアを開けた先はちゃんと大災害跡地の自分の土地だった。
間違いない。
万が一自分の見間違いなら、という希望的観測でもう一度ドアを開ける。
閉めた。
ドラゴンがいた。
非常識が常識な人達が周りにいるせいで、精神的に強くなったエヒム。
強くなっていなかったら、今頃失神している。
人を知能的にも体力的にも遥かに凌駕する生命体。
それがドラゴン。
ドラゴンにも種類は有るが、上位種にもなれば一体で国一つ滅ぼせる。
こちらに気付いているのかいないのか。
気付いていたらどうなるのか。
幸か不幸か、馬鹿は唐突にやってくる。
どんどんどんどん。
「エヒムぅー、起きてるかー?」
聞きなれた声。
え、ていうかすぐそこにドラゴンいますよね?
エヒムは急いでドアを開ける。
そして、のんきにドアを叩いていた馬鹿を家の中に引っ張った。
チラリと見えたがやはりドラゴンはいた。
一瞬で来訪者を家に入れて扉を閉めたエヒムは馬鹿を睨む。
「何してるんですか、イバラークさん!? あのドラゴンが見えないんですか!?」
エヒムは涙目でイバラークの首を掴んで前後に揺さぶる。
殺す気なのかもしれない。
「なになに、何の話だよ」
「何って、池のほとりにドラゴンが・・・・・・ってまさか僕にしか見えてない・・・・・・?」
「いや、いるけど」
「やっぱりいるんじゃないですかぁあああ!!」
エヒムが美しい金髪を振り乱して叫ぶ。
あれだけ目立つ音を立てていたのだから、気付かないわけが無い。
期待に膨らんでいた胸が腐乱して膨らんだ死体になるのもそう遠くは無いと絶望する。
「何をそんな怯えてるんだ?」
「ドラゴンですよ、ドラゴン!? 僕らなんかブレスで十回は死ねますよ!?」
「別に敵対してるわけじゃないんだし・・・・・・」
そう言ってイバラークはエヒムが止める隙も無く扉を開く。
目の前にいた。
自宅の目の前。
分かっていたけど家よりでかい。
ぎろり。
そう表現するのがぴったりの視線。
『人間よ、ここは我が縄張りとしたいが、退去願えるか?』
頭に直接響く声。
低く響く声は否応無しに畏れを抱かせる。
「嫌だ」
「イバラークさぁあああん!! 敵対してどうするんですかぁあああ!!」
硬いものでイバラークを殴ったほうがいいだろうか。
エヒムがきょろきょろと適当なものを探す。
「ここはウチのギルドで管理している土地だ。そして、先客はこのボウズだ」
エヒムは固まる。
何もかもが凍りついたような心地だ。
ドラゴンに見られているのが分かる。
少しでも動いたらその瞬間ひき肉にされるんじゃないだろうか。
「共存は歓迎する。だがこの地を明け渡せというのなら・・・・・・相応の覚悟をしてもらおう」
『・・・・・・ふむ』
意外にもドラゴンは激昂してくるような事は無かった。
それでもエヒムは気が気ではなく、未だに動けないでいる。
そのエヒムの前に新たな人物が立つ。
「お、ホッカイ、来たのか」
こくり。
黙って頷くと、ホッカイは指差す。
向こうの方からアキータも走ってくる。
少し遅れて到着。
「はぁっ、はぁっ、ホッカイ、あんた速過ぎ・・・・・・」
「小娘までどうした」
余程急いできたのだろう、息を切らせている。
方角的に二人とも自分の土地から走ってきたようだが。
「だって、ホッカイがドラゴンって言ってエヒムの家の方を指差すから、急いで助けに行かなきゃと思って・・・・・・!」
息も整わないままアキータが説明する。
アキータがドラゴンの強さを知らないわけが無いので、それでもエヒムを助けに来た所が口は悪くても良い奴なんだろうなとイバラークは思う。
ホッカイは言わずもがなだ。
『お前達は、我に従わぬ、と』
「従う道理は無いね」
『生意気を言う小僧だ』
ドラゴンが笑ったように見える。
「上だの下だの、そんなものは無い。お前の目的がそこの池だと言うのなら使えばいい。ただし、使い過ぎて枯らされては困るのでな。そちらもどうせ長距離移動の中継なんだろう?」
『・・・・・・なんだ、そこまで分かっていたのか。左様。別段ここをねぐらにするつもりも無い。旅の途中に渇きを癒せればそれで良い』
「エヒムはかまわないか?」
エヒムは首が千切れんばかりの勢いで頷く。
平和的に解決されるのなら、それ以上は望むべくも無い。
『しかし、お前といいそちらの小僧といい、度胸の据わっている』
小気味良くなってドラゴンは笑った。
ドラゴンにとってはちっぽけな存在の人間が対等に話をするのだから。
威嚇するでもなく、縮こまるでもなく、ただ対等に話すその姿勢がなんとも痛快だった。
『では、少しここで厄介になるぞ』
こうして、ドラゴンは愉快な気持ちで羽を休めるのであった。




