農業ギルド、始めました
「あ、もう少し右を上に・・・・・・あ、俺から見て右ー!」
職人が取り付ける看板の微調整。
本当なら全て職人任せにしても良いのだが、何せ自分の新しい人生の門出の第一歩。
自らが率先して現場に出て指示を出した。内装、家具、備品一つ一つに至るまで。
そして、最後の仕上げ。ギルドの看板を掲げるに至った。
「やっと・・・・・・ここから始まる!!」
新米ギルドマスター、イバラークは眩しい日差しを受けて眩しそうに自分のギルドの看板を見上げた。
【農業ギルド】
どこにでもあるような特徴の無い看板ではあるが、一際輝いて見える。まぁ、新品なので当然だが。
満足のいく出来に、少しの色を付けて追加報酬を渡し、職人たちに解散を告げたイバラーク。
まずはギルド員を集めなければならなかった。
一応、ここも王都なのだが、かなり外れの方にある。
中心部ほど人が集まるわけではないので、そんなすぐに人が集まることは無いだろうが、はやる気持ちは抑えられない。
かと言って、誰でも彼でもギルド員にするわけにもいかない。
二年ほど前、『大災害』と呼ばれるものが起きた。
その名の通り甚大な被害をもたらしたそれは、国を二つ地上から消滅させた。
大火が逆巻き、巨大な隕石が落下したのだ。
戦争状態・・・・・・いや、そんな対等な状況とは程遠い。
一方的に侵略され、殲滅させられた国と侵略して殲滅した国。
その二国が『大災害』によって消滅した。周辺諸国はこう考えた。
『精霊の怒りを買ったのだ』と。
以降、どの国も戦争などという愚かな行為を画策する国は皆無であった。
消滅した土地は完全な更地となり、草木一本生えぬ不毛の地と化していた。
隣国は、何の魅力も無いその土地を手に入れようとはせず、放置していた。
ただ、唯一ここハーポーンを除いて。
ハーポーンの王は言った。
「YOUたち、耕しちゃいなよ」
と。
そうは言っても、あんな不毛の大地を開拓しようと思っても、そう簡単なことではない。
農民にしてみれば、あの硬くなった地面を耕すのならば、もともと所有している畑の世話をしていたほうが余程実りがあるし、農民以外はそもそも今の職を続け、安定した生活を送れば良い。
そんな中、一人の若者というには大人で、壮年というにはまだ早いイバラークが名乗りを上げた。
その時の彼の様子を見ていた者は、『まるで釣り上げられた魚のようにはしゃいでいた』と証言している。
イバラークは事務机に座り、悦に浸りながらギルド内を見回す。
「まずは、慎重に選びたいよなぁ・・・・・・」
今まで農業者たちは商業ギルドに属していた。
ギルドに所属する義務は無いが、恩恵にあずかることが多い。
商人が売りさばく食料品や生花など、ギルドを通して納入することができ、トラブルの回避に繋がったのである。
しかし、農業ギルドが新設されたので、多少はこちらに農業者が流れてくると予想しているのだが、多くの農業者はギルド員ではなく、準ギルド員という扱いになりそうだった。
ギルド員と準ギルド員。
その差は、大きい。
ギルド員には不毛の地である『大災害』跡地の一区画がギルドより貸与される。
貸与は月額が一区画で白貨50枚で(王都で家族四人が住める借家の家賃より大分安い)、農作物の売上の一割をギルドに収める。
その代わり、その土地に家を建てようが休憩小屋を建てようが美少女の像を造ろうが自由であった。
ただし、成果によってギルド員としてのランクが変わってくる上、農業を営むとみなされない場合は、ギルドマスターの権限において即刻土地の返還を求めることができる。
準ギルド員は、土地の貸与やギルド員としてのランクは無い。
あくまで、自分の畑を既に持っている農業者のための地位である。
ギルドを通しての納入や仕事の受注は変わらずに行えるのだ。
一番の違いは、納税の対象である。
準ギルド員が王国へ納税するのに対し、ギルド員はギルドへ納税するのである。
王命によって土地の開拓を任されている農業ギルドは、言わば治外法権的な地位を預かっている。
ギルド員が納税したお金をそのまま開拓資金に当てられるように、ということなのかも知れない。
とにかく、誰も手を付けないような不毛の地を開拓してくれる農業者がそう都合よく集まるとは思えないが、そこは自分の頑張り次第だとイバラークは自分に言い聞かせる。
と、イバラークが思案にふけっていると、ドアベルが音を立てた。
「へい、ラッシャイ!!」
魚屋のような活きの良い掛け声に、まだ完全にドアを開け切る前の訪問者は一瞬びくっとしたのだった。
フィクションです。実在の人物・地名・団体等一切関係ございません。断じて。
読んで下さった方、本当にありがとうございます。
今後、笑いながら読んでもらえるような作品にしていきます。
宜しくお願いします。